第525話 龍平を信じてはいけなかった

 対処すべき連中は、みや達の手によってとっくに所分されていた。

 クロノスとしての立場を知る俺からすれば複雑だ。

 しかも、連中が悪事を働いたのはこちらにも責任があるだろう。

 まあ今回の俺は蚊帳の外だが。


 それだけにちょっと気の毒ではあったが、だから自分たちは悪くないんですなんてのも通用しない。

 妥協点として、もう全部を忘れて日本へ帰す。

 あいつらが溜め込んだアイテムはラーセットに還元し、一部は被害者の救済に当てる。

 その辺りが妥当だと思っていたんだけどな。

 けれど、終わってしまった事は仕方ない。割り切りが大切だ。

 それより、会いたかった4人が処刑されていなくて本当に良かった。


 そんな事を考えて宿舎に戻ったのだが、そこには正座した龍平りゅうへい奈々ななが居た。

 そしてその前に仁王立ちしているのは先輩だ。

 どれだけ話していたかは分からないが、結構時間は経っている。なかなかにキツイ状況の様だと思われる。

 というか、奈々ななはとばっちりだぞ。


「お帰りなさい、敬一けいいち君」


「た、ただ今戻りました。先輩」


 静かな迫力に気圧けおされる。

 当然ながら、俺は無関係とはいきませんよね。


「ちょっとそこに座ってもらえるかな? 少し話があるの」


 これは誤魔化せる状況には無いな。というか龍平りゅうへい、お前しっかりと誤魔化せなかったのかよ。

 などと考えながらも、奈々ななの隣に座る。


「3人とも、この世界の事を知っていたって本当?」


 当然、俺に聞いているんだよな。


「はい、知っています。事情は龍平りゅうへいから聞いたと思いますが」


「聞いたけど、どうして最初に話してくれなかったの! と・く・に、失敗したら死んじゃうなんて重要な事をどうして黙っていたの! 知っていたら参加なんてさせなかったわ」


「あ、その件なんですが、龍平りゅうへいからは何も?」


「今言っただけよ」


 役立たず!


「あの時点で帰るって事は、死ぬって事なんですよ。だから参加する以外に選択肢は無かったんですよ。そんな状況だったから、不参加って選択肢は最初からなかったんです、ハイ」


「本当に?」


「それは本当です。先輩に余計な心配をかけたくなかったんです。でも大丈夫、必ず先輩は自分が守りますから」


 堂々と立ち上がって宣言する龍平りゅうへいだが、気の毒な事に先輩の目は冷たい。


「それで、あの時点ではってどういうことなの?」


「それなんですが、もう帰ることは出来るようになりました。いつでも日本に戻れますよ」


 それを聞くと、今まで怒っていたのが嘘のように明るくなった。

 まるで花が咲き誇るかのようだ。

 本気で怒ると奈々ななより怖いが、こうなると全く逆だな。


「なら問題ないわね。貴方たちを、こんな危険なゲームには参加させないわ。ううん、ゲームなんて呼べないわね。とにかく帰りましょう。他の参加者の人たちにも、ちゃんと話さないと」


「それは出来ないんですよ」


「……どうして?」


 これは困った。もう目覚めから日は経っている。詳しい事を知っても問題は無いと思うが、塔の暗示がまだ残っている頃だ。

 もう少し召喚者として成長してからならともかく、今のままだと自ら黒い穴に飛び込みかねない。

 だけどこの追及が止むことは無いだろう。何せ先輩にとっては、俺達の命に係わる事だ。

 ちらりと龍平りゅうへいを見ると、”お前が説明しろ”という目をしてこちらを見ている。

 くそー。


「俺がいなくなると、誰も帰れなくなってしまうんです」


「だからどうしてそうなるの?」


 仕方がない。これ以上誤魔化しても時間の無駄だ。


「これから話す事を聞いてください」


 結局何度目か分からない説明を先輩にもする事になった。

 ただ龍平りゅうへいと戦った事も奈々ななの一件も話せない。

 ましてや先輩の境遇や、救出して抱きましたなんて話をする事も出来ない。

 だからこの時代の話は極力端折って、日本に戻ってからクロノスとなり、今の状況になった事を重点的に話した。


 全てを聞き終わった後、先輩は泣いていた。


「沢山苦労したのね……なんか人が変わっちゃったように感じたのも、そんな事があったからなのね」


 まあ奈々ななはともかく龍平りゅうへいはこちらの世界で色々あったし、俺に至っては一つの人生終えるくらい過ごしたからな。

 そりゃ変わるが、先輩から見れば突然の変化だ。

 この世界に来て変化についていけていないからと思っていたようだが、多分それも不安だったのだろう。


「でも、そういう事なら話は早いわ。奈々なな龍平りゅうへい君は帰してあげて」


「お姉ちゃんは?」


「私は敬一けいいち君を一人には出来ないの。でもさっきの話だと、もし奈々ななに何かあったら敬一けいいち君は何のために頑張るの?」


「……それは、そうだけど」


 確かにもう奈々ななを帰してしまうのは妙案だ。

 おそらく風見かざみは反対するだろうが、どうせもうコピーは無い。

 最終的には奈々ななを犠牲にして本人にやらせるつもりだったのだろうが、その計画も帰してしまえばチャラだ。


「でも絶対に嫌!」


「どうしてよ!」


「だって今私が帰ると、敬一けいいち君は絶対にお姉ちゃんに手を出すもん!」


 やーめーてーくーれー!

 何処まで話したんだよ奈々なな

 それとも龍平りゅうへいか!?

 というか、その龍平りゅうへいが絶対に殺すという目をして俺を睨んでいる。


「それに、どうしてお姉ちゃんは帰らない訳?」


「死ぬかもしれないところに敬一けいいち君一人を残しておけるわけないじゃない」


「……あの事はどう考えているの?」


「そ、それは絶対に断るわ。お姉ちゃんを信じて」


「絶対に嘘。どうせ忘れるからって言ってする」


「で、でも日本に戻れば無かった事になるんでしょう?」


「ほら、やっぱりそういうこと計算してた」


 姉妹喧嘩は止めて―!

 これでは完全に修羅場ではないか。

 しかも空気を震わす龍平りゅうへいの怒り。

 これが……地獄か。


 とにかく明日になったら、俺はもう迷宮ダンジョンに行こう。

 今度こそ任せたぞ、龍平りゅうへい

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