【 塔の交換 】

第518話 警戒心の強さがこの世界をよく表しているな

 部屋に戻っても、まだ奈々ななは放心していた。

 とは言っても“心ここにあらず”ではない。その真逆だ。

 無数の思考が渦巻いた結果、周囲と意識が離れてしまっているのだろう。

 まあ俺もよくある。

 そんな奈々ななをソファに座らせている間、ずっと先輩も迷い続けていた感じがある。

 どうも伝えたい事があるようだが、その決心がつかないといった感じか。

 たださっきの話に関する事だと、聞くのは危険という感じもする。というか、絶対に聞いちゃダメ。

 何より当然ながら龍平りゅうへいも一緒にいる。

 こいつが先輩から離れるとは思わない。そして先輩も、龍平りゅうへいの前で迂闊な事は言わないだろう。俺としても、その方が安心だ。


「俺はちょっと大事な用事がある。悪いが龍平りゅうへい、二人を見ていてくれるか」


「それは構わんが――」


「エッチしに行くの?」


 放心していた奈々ななが小さな声で――だが鋭く呟いた。

 まだ魚の死んだような目をしている。しかし意識が完全に閉じているわけじゃなさそうだな。


「いや、違うよ。それは信じてくれて大丈夫だ」


 本当か? 俺。

 確かに今はその気はない。今はスキルも使っていないから、完全に平穏な状態だ。

 戦闘での悪影響はあったが、あの程度ならヨルエナのおかげでかなり解消している。

 だけど自分がちょっと信じられない所が怖い。

 さすがにこの状態で致して戻ってきたら、影法師となって彷徨さまよう事は確定だぞ。


「本当に大丈夫だから」


 しっかりともう一度言い聞かせながら、同時に自分の決意も新たにする。

 何せこれから行く場所が場所だけにな。

 それもちゃんと言っておいた方が良いだろう。

 今は全てをきちんと伝える事が、生き残る秘訣だ。


「確かにフランソワに会いに行く」


 奈々なながぴくっと動く。


「だけどこれは、邪な目的じゃない。召喚者全員の命に関わる事だ。本当はもっと早くやろうと思っていたけど、幸いここから先、しばらく死者は出ない。だけど確実に出てしまうんだよ。それを防ぐためにも、これは絶対に必要なんだ」


「……ねえ、死者が出るってどういう事?」


 今度は先輩が質問する番だった。

 そうだ、奈々ななにはあの晩に全部話した。だから自然にこうして伝えてしまったが、先輩には教えていなかったよな。

 確かに、知る人間は少ない方が良い。

 だけど先輩には話すような気がしていたんだけどな。奈々ななの口の堅さを甘く見ていた。


「それに関しては……龍平りゅうへい、頼む」


「俺に言わせるつもりか?」


 望むと望まざるに関わらず、二人とも自らの手を汚している。

 そういった意味ではどっちも言葉にする事は簡単ではない。

 だが――、


「任せた!」


 そう言って、俺は話に聞いていたフランソワの工房へと跳んだ。

 すまん、龍平りゅうへい。だが今その話を始めると、収拾がつかなくなる公算が高い。

 そんな訳で丸投げだ。後でどんな風に話したかは聞いておこう。

 一応、口のうまさは俺より上だしな。顔色一つ変えずに嘘をつけるし。





 〇     ◎     〇





 工房の場所は以前とは全く違う、地下に作られた秘密基地という感じだ。

 スキルを発動していたから勝手に外れたが、地上から地下にかけて罠だらけ。相当に警戒しているな。

 工房の入り口にも罠があったが、これも簡単に外す。

 だけど問題はそっちじゃない。最初に罠を外した段階で検知されていたのであろう。明確な殺気を感じる。

 だが――、


「俺だ。入って良いかな?」


敬一けいいち様!? す、すぐに罠を解除します」


「ああ、それはもう解除したから良いよ。入るが構わないか?」


「確認など要りません。いつでもお入りください」


 殺気などどこへやら。ウキウキした声が中から聞こえてくる。

 フランソワは完全にクロノスに心酔しているな。

 そして手も出している。それも俺の様にささやかではなく、話からしてもう相当にアレだ。

 人の事を言えた義理ではないが、ダークネスさんはもう少し節度というものを持った方がい。

 今更遅いが。


 中に入ると、フランソワはいつものゴスロリではなく、オーバーオールに耐熱対刃、それに耐衝撃の作業用エプロンといった姿だった。

 これはこれで新鮮だ。

 それにこの国の風習を取り入れているのか、横から背中はもちろん、前も通常のオーバーオールより肌が露出していて、肌を隠しているのはエプロンだけ。

 うん、ノーブラだ。

 だが奈々ななの顔が頭をよぎる。落ち着けよ、俺。


「脱ぎましょうか?」


 嬉しそうに。そしてもじもじしながらこちらを見るが、


「いや待て」


 ちょっとガン見し過ぎたか。危ない危ない。


「ちょっと新鮮だなと思っただけだよ。それよりフランソワと一ツ橋ひとつばしに用事があって来たんだ。こっちは聞いていたけど、一ツ橋ひとつばしが何処にいるか知らなくてな」


 前の世界では仲良し発明コンビだった。塔の改良をしたのもこの二人だ。

 当然交流があるものだと思っていたのだが、


「知りませんよ、あんなもの」


 露骨に嫌な顔をする。

 だけど俺の驚きを別の意味ととらえたのか――、


「あ、ごめんなさい。同じ教官組ですが、彼とは交流が無いもので」


 そういやみやが言っていたな。教官組とも争う事もあったと。

 それに教官組が入れ替わる事もあるとひたちさんから聞いている。

 教官組同士が争う事も、普通にあったと考えた方が妥当かもしれない。

 こちらの世界では、同じ教官組といっても仲間意識は希薄なのか。

 それにしても本気で嫌そうな顔だったな。


「フランソワの方が先に召喚されていたな。そしてクロノスの事件があった後で一ツ橋ひとつばしが召喚された。当時、彼に色々と講義をしたんじゃないのか?」


「確かに、新人の頃は知っています」


 何が有ったか聞くべきだろうか?

 だけどこういった事は、やはり本人から聞いた方が良いが――、


「教えてくれないか? あいつに何が有ったのか」


 俺は素直にフランソワから聞く事にした。

 だって戦った時の印象だと、本人は絶対に話してくれそうにないもの。

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