第519話 途中から予想はついていたけれど

「どうして彼にそこまでこだわるのかは分かりませんが、クロノス様の質問ですからきちんとお答えします。ですが、そんなに特別な事はありませんでした」


 フランソワの話した一ツ橋ひとつばしの事は、他愛のない話であった。

 まあ他愛のない話といえば実際は嘘だ。だけど確かにあるよなと思える話であったというだけだな。

 いや、実はあの様子から、ダークネスさんが一ツ橋健哉ひとつばしけんやに手を出して、そこからフランソワと骨肉の争いへと発展した可能性も少し危惧していたんだよ。


 だけど一ツ橋ひとつばしは確かに女装していたし、外見も実際に女性と変わらないほどだ。

 ただ本人は女性になりたいと思っていたわけではなく、男が好きという事でもない。

 あの可愛らしい服は、単なる彼の趣味でしかない。

 そんな訳で、俺は彼の服装に関して深く聞いたことは無いし、女性として意識した事もない。

 フランソワもまた、その辺は見抜いていたそうだ。ある意味当然だな。

 とはいえ、彼が浮いた存在である事には何も変わらない。

 そして当時はクロノスも既になく、みやによる意図された無秩序が展開されていた頃だった。


 彼が組んでいたのは8人組。特定の年代だけではなく、ベテランから新人までも含む混成型であったという。

 それに関しては特に気にならなかった。何せ意図的に死ぬように仕向けていたわけだから、櫛の歯が抜けるようにポロポロと死んでいったわけだ。

 当然生き残りは新しいメンバーを新人から補充する。

 俺がクロノスだった頃にもあったが、俺の時は何というか、もう普通に帰れたからな。

 チームの主軸がいなくなると、残りは全員帰還という事も珍しくは無かった。


 話がそれたが、彼が所属したのは男性が6人、女子が2人。男性の2人は社会人で、まあ平均より少し優秀といった程度の平凡なチームだったそうだ。

 特に弱くはないが、特別な強みも無い。

 慎重に行けば成果は少なく、無理をすれば薬や壊れたアイテムで大赤字。

 そしてもう今更だが迷宮ダンジョンのストレスは相当なものだ。

 しかもスキルのケアも必要になる。

 そうこうしているうちに、チーム内の弱者をいたぶる事でストレスを解消することにした。


 そう珍しい事ではない。刑罰の無い野放し状態。様々なストレス。限られた人間が固定された閉鎖社会。

 まあ学校のいじめと全く同じ図式だな。

 そしてその対象に選ばれたのは、異質だった人間――今更だが、一ツ橋健哉ひとつばしけんやという訳だ。


 俺の時は、千鳥ちどりらのエース級チームが色々集めてくれた品を買い取って、B級品までは申請があれば状況に応じて自由に使わせた。

 あまり甘やかしてもダメだが、生き残って働いてもらうためには必須でもあった。

 だからある程度余裕があったし、無茶して失敗しても、残ってさえいれば笑ってどうにかなった。

 でもここでは違う。生き残らせることに価値を見出していない。やっている事は真逆だからな。


 こうして一ツ橋ひとつばしに対する嫌がらせは日増しに強くなっていった。

 教官組も分かってはいたが、一ツ橋ひとつばしが死ねばそれまでの事。それに命を賭けた探索中にそんな事をしているチーム自体が、長くはもたないだろうというのが結論だったそうだ。


「わたしは、彼が嫌いでした。確かにわたしたち教官組は手も口も出しませんが、彼ら自身が状況を変える権利まで奪ってはいません。他のチームに移籍するなり、ソロで活動するなり、やり方は幾らでもありました。実際に欠員となった教官組を埋めるのは、みんなそんな自分の意志で行動できる人たちばかりです」


 荒木あらきは脳筋すぎて細かい事が考えられなかっただけでは無いだろうか?

 なんて一瞬思ったが、アイツも仲間想いな面があった。

 一緒になって反乱を起こしたので、まとめて始末してしまったけどな。


「そんなわけだったので、あまり気にせず放置していました」


 フランソワはこういう所はドライだな。

 違うか。そうならなければ教官組の職務に耐えられなかったのか。

 俺がクロノスだった頃の彼女は、もっと明るく社交的だった……けどアシスタントに付けた野口隆英のぐちたかひでは妙に恐れていたな。

 うん、気にしない事にしよう。


 それに二人とも、話せば気の合う相手なんだ。それは俺がクロノス出会った時に実証されている。

 それに互いに刺激し合うのか、開発は飛躍的に進んだ。

 どちらか片方でも、あの塔の改良は出来なかっただろう。それほど複雑な構造だ。

 今でも、俺自身は構造を把握していない。ただ記憶が消えないから、手順を完璧に真似る事が出来るってだけだ。

 更なる改良をしようと思っても、俺には無理な相談だ。


 しかし困ったな。

 人間関係は一度壊れると完全には修復しない。

 互いにわだかまりが無かった時は塔の改良も出来たが、今の二人に握手をさせて同じことが出来るだろうか。


「なる程ね。大体の事情は分かったが、そこから教官組に抜擢される程に成長したんだろ。俺としては、その努力は認めたいな」


 実際俺を相手にするには相性が悪かったとはいえ、彼のスキルは相当に強力だ。汎用性も高い。

 ただ確かに、性格の方は大いに疑問があった。


「彼が教官組になった時、一緒にいたチーム仲間はどうしたんだ?」


 掌を返して祝福でもしたのかと思うが――じゃないな。そう思いたかった。

 けれど、多分違うな。

 ただ問題になるのは、その過程だ。


「全員死んでいました」


 やっぱりね。


「殺したのは一ツ橋ひとつばしですよ」


 こっちもある意味やっぱりだ。

 殺し合いも奪い合いも推奨されていたんだ。その点に関しての疑問は無い。

 その理由は俺を召喚するための空きを作る為。ある意味、絶対に必要な事だ。

 しかも今回は運が悪く、成功したのはタイムリミットの僅か3年前ときた。

 この件に関して、俺にはもう怒る資格は無いな。


 ただ知りたかった。

 これは好奇心からでもあるが、理由はともかく召喚者同士の殺し合いは日常茶飯事だったろう。

 それなのに、なぜ一ツ橋ひとつばしをそこまで嫌うのかを。

 さっきの話だけが理由じゃないのは明白だ。何せ、今はその“自分の意志で行動できる”教官組になったのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る