第517話 評判が落ちるとやばいのだが

 講義に集まった同じ高校出身者の前で、自らが俺の性処理係と宣言したフランソワ。

 奈々ななは二の句が継げずに固まっているし、先輩は俺とフランソワを交互に見ながらなにか考えている感じだ。

 きっとヤバい事に違いない。早まる前に止めておかないと。

 そして竜平りゅうへいは、この件に関してはまるで興味が無いといた感じだ。

 だがあくまで俺とフランソワの考えに関してのみ。

 どちらかといえば、先輩の様子から考えを察したのだろう。今にも俺に殴りかかってきそうなオーラを出している。

 仕方ないとはいえ、29歳の頃よりも短気だな。

 地球での悲劇を体験していないのだから、ある意味当然だが。

 だがこの辺りはもうお約束ではあるし、ちゃんと説明する自信もある。だが、大問題は周りだ。


「おい、どういう事だ?」


「知り合いだったのか?」


「確かにあいつの知り合いが居たっておかしくはないけど、性……なんだって?」


「いったいなんの冗談だ。俺は気が狂いそうだぞ」


「しかも何なの、あの子。中学生? もしかしたら小学生かも?」


水城みなしろ姉妹は巨乳だから羨ましくても許した。だけどこれはダメだ。八つ裂きにしたって許せねえ」


「ねえ、どう思う?」


「女の敵としか言えないわね」



 ああもう言いたい放題だ。須田すだ岸根きしねまで一緒になっている所が無茶苦茶悲しい。


 フランソワにとって、多分彼らは有象無象。今までの召喚者と同じ。一瞬だけ現れては消え去っていく存在でしかない。

 きっと気にも留めていないんだろう。

 彼女にとって大切なのは、ただクロノスという存在のみ。

 先代の俺がブラッディ・オブ・ザ・ダークネスになる前、一体どんな関係だったのやらとは思うが、俺も結構仲良くやっていたよなあ。


 そういえば、ダークネスさんの事を教官組は知らないのか。

 少なくともフランソワは知らないな。

 知っていたら、多分自分の事を覚えていなくてもあっちに行っていそうだし。

 確かに教えない方が良さそうだが、この状況で考える事じゃないよね。


 とにかく俺を囲む視線が痛い。フランソワ以外の全員からの視線が痛い。先輩の視線が痛いのは初めてかもしれない。

 ただ冷たい痛さではなく、痛々しいものを見る痛さだ。

 そしてそのせいで傍観者を決め込んでいた龍平りゅうへいの視線も痛い。

 助けて奈々なな、色々な意味で……と思いきや、放心している。

 相当にショックだったのだろう。


 実際、奈々ななとはまあ、その……キスまでだ。さすがにそこから先はまだない。

 でも俺の事情はもう知っている。つかフランソワが堂々と言い放った。

 今、彼女の中では様々な感情が揺れているに違いない。


「大丈夫ですか? お気になさらなくても大丈夫ですよ。わたしたちは、“体だけの関係”ですから」


 何の屈託もなくにっこりとほほ笑むフランソワ。

 悪気は無いのだろうが、刃の無いナイフをねじ込んでいく感じだ。

 というか、マジでダークネスさん責任を取ってください。


 奈々ななの意識は完全に思考のループに入っちゃっているし、先輩は何やら本気で考え込んでいる。もうどんな答えを出すか予想が付くからやめて。本当にやめて。

 絶対に龍平りゅうへいと殺し合いが始まるから。


「さあ、全員席に着いてください。講義を始めますよ」


 だがワイワイガヤガヤ、全員の興味は収まらない。その時だった。

 ガッ! と岩を穿つような音と共に、壁にめり込む長剣。今更だが、フランソワのスキルだ。

 出所も分からないまま目に見えない速度で空間から武器が射出される。あれは本気でビビる。

 というか、その突き刺さった剣の横で腰が抜けてへたり込む同級生。

 武器もそうだが、フランソワの迫力に気圧けおされている感じか。

 アイツは確か……城嶋峰幸じょうしまみねゆきだったな。日本に戻った時に、合同葬儀で写真は見た。

 そう言えば、14人召喚されたが3人は帰還。最初にヨルエナに食って掛かった男は初日に帰還したサラリーマンなのでもういない。

 サッカー部の先輩ともう一人も帰ったから残りは11人。

 だけどこの部屋には9人しかいない。


 最初にも言ったが、安藤秀夫あんどうひでお入山雄哉いりやまゆうやはもう吉川きっかわのチームに入って迷宮めいきゅうに向かっている。

 そしておそらく、もう日の光を見る事は無いだろう。

 とっくにみやが動いているからな。

 今回は龍平りゅうへいの手を汚さないで済みそうだ。

 みやはまあ、俺と同じだ。今更少しの血が加わった所で、何も変わりはしない。


 それともう一人、俺たちと同じ杉駒東高校の人間じゃないのが一人混じっているんだよな。

 折原聖おりはらひじり。確かニュースの死亡者リストで確認した。フリーターだったと思うが、ニュースが正しいとは限らない。

 というか、この頃になると結構集団とは別の人間が混ざるものだな。

 数合わせってやつだろうが、巻き込まれた奴は気の毒だ。


 なんて考えている間にも、とにかく俺たちは席に着いた。

 奈々ななは手を引いて俺の隣に座らせたが、果たして今日の講義はどこまで頭に入っているのやら。





 ★     〇     ★





 取り敢えず講義の後は、軽くフランソワと話して今は帰って貰った。

 本当はここで話す事自体も色々と危険なのだが、彼女と一ツ橋ひとつばしには別件で用事があるんだ。

 本当なら俺がサクッと作ってしまおうかと考えていた新しい塔の件だな。

 あの時と違って、みやを始めとする最古の4人との直接的な対立は回避された。

 そして龍平りゅうへいの記憶だと、大変動が起こるまで3か月近くあったそうだ。

 気を失っていた時間も長かったが、それに加えてあの迷宮ダンジョンを1月か2月は彷徨っていたそうだし。まあそんな感じだろう。


 新庄しんじょうたちが動かなかったのは、大変動の時期が不安定だからだ。

 そろそろ来そうだという位しか分からないしな。

 俺が来た程度でこの世界を作るエネルギーに変化があるとは思わないので、この辺りは変わらないと思われる。

 なら、その時間に塔を新調しようという訳だ。

 それに、一ツ橋ひとつばしにも聞きたい事があるしな。


 だがまあ、今は……、


「とにかく帰ろう、奈々なな


「う、うん……」


 まだ放心している奈々の手を取って、俺たちは一度宿舎に戻ったのだった。

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