第512話 あの時は果たせなかったけど

 しかし変だな。

 黒竜のセーフゾーンから出て、ふと考えてしまう。

 今までは相性の差であしらってきたが、こいつは戦うと相当に強い。

 勇者サンが最高級の迷宮産のアイテムで武装していても、勝てるとは思えないんだよな。

 というか使っていたのが勇者の剣だし。


 まあ命名したのは俺だが、正直あれはB級品だな。よく出る品という訳ではないが、だからと言って特別に強いというわけでも無い。

 珍しさと効力は比例しないからね。


 アレで黒竜は倒せない。だがあの時、確かに人間に倒されたと言った。

 セーフゾーンの主。しかも次の大変動まで死んでいるだけの奴が嘘をつくとは思えない。

 というか、正直者だしな。今までどれだけアイツの情報に助けられてきたか。

 となると、アイツに気が付かれないように手を出した奴がいるな。


 計画によると緑川みどりかわ。或いは協力員とやらを通じて計画を知ったダークネスさんが探索ついでに秘かに協力していったか。

 どっちにしろ、このままでは勇者サンは一瞬にして黒焦げ。

 当然、残った連中は大変動が終わったら探しに向かうだろう。


 果たして新庄琢磨しんじょうたくま須恵町碧すえまちみどりにアイツを倒せるだろうか?

 無理とは言わないが、確実とも言い難い。

 セポナは非戦闘員だから戦いには参加しないだろうが、兵士は全員が投入されての総力戦になる事は間違いない。そういうお国柄だ。

 そうなれば、非戦闘員とかは関係ない。そこで死ななくとも、生きて地上に出ることは出来ないだろう。

 取り敢えずたとえ勇者サンが負けたとしても、大変動までセポナは無事だ。

 今は一度、地上に戻っても良いだろう。

 というか、戻って大変動までの予測猶予を聞いておかないとな。





 □     ■     □





 そんな訳で地上に戻ると歓迎の宴中……と聞いていたんだが、あたりはガヤガヤと騒がしい。

 あまり良くない雰囲気だ。とてもじゃないが、宴の最中とは思えない。

 見れば、何人かが床に這いつくばっている。

 顔に付いた痣。口と鼻から流れる血。転がっている歯。

 うん、ちゃんと手加減しているな。

 大体事情は察しが付くが……。


 そんな状態で他の新人が遠巻きにしている中、木谷きたにが進み出て話し掛けた。


「君は西山龍平りゅうへいだったな。いきなりこのような喧騒けんそうは困るのだがね」


 しかし警戒心マックスだな。そりゃそうか。分からないのはひよっこ共くらいで、教官組や認識阻害をして様子を見ているみやたち最古の4人はもう気が付いているだろう。

 今のあいつは並みの召喚者とは比較にならないほどに強い。それも俺の様に搦手からめてではなく純粋な戦闘力での話だ。

 つまりは、ここで龍平りゅうへいが本気で戦えば相当数の死者が出るって事だよ。

 そしてそれは、既に嫌な形で実証されている。


「こいつらの勧誘があまりにしつこかったので、少し払っただけですよ。皆様とやり合う気はありません」


「確かに見ていて気になっていた事は確かだ。普段はこういった事に口を出す気はないが、席が席だけにね。吉川きっかわ、今回は下がりたまえ」


「こっちから願い下げだ。迷宮ダンジョンで逢ったら覚えておけよ。その女どもがどんな目に合うか、決めたのはお前だと知れ」


「そいつは実に楽しみだ。何なら今から迷宮ダンジョンに行くか?」


「君もだ、西山龍平にしやまりゅうへい。問題を感じたらこちらに言ってほしかったものだ」


「言われなきゃ動けない様じゃ遅い。ああ、実際には何があっても動けないのでしたね。これは失礼しました」


西山にしやま君!」


 見かねて先輩が龍平りゅうへいの袖を引っ張った。

 まあ状況は分かる。事情も名前も聞いていたからな。

 アイツが例の吉川昇きっかわのぼるか。龍平りゅうへいを騙し、先輩も騙し、そしてとても言えないような事を散々やってきた連中のリーダーだ。

 確かに迷宮ダンジョンで逢えたらラッキーだな。

 だがもはやみやのブラックリスト入りしている。そんな事は起きないとは思うが。


「良いのですか? あの後ろにいるのがさっき話した水城みなしろ姉妹です」


「ああ、お前の言う通りだ。ありゃすげえな。あれほどの上玉は早々お目に掛かれない。というか初めてだな。あんな人間が現実にいるとは驚きだ」


 一緒にいるのは俺たちと同じ学校の安藤秀夫あんどうひでおか。この時点でもうあの連中にくっついていたんだな。

 というか、先輩を売ったのは奴か。


 吉川きっかわは未練がましく先輩と奈々ななを舐めるように見ていたが、龍平りゅうへいに睨まれて部屋を出て行った。

 しかし、アイツと一緒のチームだった金城浩文かねしろひろふみがまだ残っているな。

 咲江さきえちゃんに瞬殺された奴だ。

 となると、あのチームの連中が他にもいる可能性はあるのか。


 そういや同級生の女性2人が一緒に勧誘されたと聞いたが――問題は無いか。

 将を射んとすれば先ず馬をとも言うが、この場合の力関係は龍平りゅうへい、次いで先輩、そして一緒に勧誘された同じ学校の人間ってところか。

 実際には先輩と龍平りゅうへいの立場は逆だが、そんな事は関係なく、あのチームに関しては龍平りゅうへいが妥協する事は決してしない。

 例え馬の方が勧誘されて説得しても、決して揺るがないだろう。


 つか、その馬扱いしてしまった須田亜美すだあみ岸根百合きしねゆりはどうやら先輩の後ろに隠れている。

 あの様子なら問題はあるまい。ちょっと目を離した隙に、もう人間関係は固まった様だな。

 というか、名前は知っているけどどっちがどっちかは知らん。

 まあいずれ分かる事だろうが、これで別人だったらなんか笑う。


「よう、すまないな。遅れた」


「野暮用ってのは済んだの?」


 奈々ななが上目遣いで覗き込んでくるが、大丈夫。女絡みじゃないし。


「ああ。何と言うか――先に帰った3人を見送って来たんだよ。奈々なななら分かるよな」


「うん。大丈夫」


「あ、また私をのけ者にしてる。もういい加減に話してよ。どうして3人とも、そんなに馴染んでいるの?」


「難しい質問ですね。どうです? 今夜一緒の部屋で」


 軽口を叩いた龍平の頭を先輩が空のお皿でゴツンと殴る。縦で。


「変な事言わないの」


「お姉ちゃんに手を出したら、西山にしやま君でも即リタイアだからね」


「肝に銘じておくよ」


 何だろうか、これから先にはまだまだ過酷な現実が待っている。

 だけど今は、この雰囲気が心地いい。

 俺は、あの時に想像して――でも出来なかった事が出来た。ただそれだけで、どうしようもない程に嬉しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る