第511話 これも大事な仕事だ

 その後、数人のスキルチェックが終わった結果、前回と同じ3人が日本へと帰る事になった。

 これからの事を考えると面倒だが、帰さないという選択肢は無い。

 なにせ、これは彼らの希望なのだから。

 刷り込みをされての結果ではあるが、ここでそれを言っても仕方がないだろ。


「俺は野暮用があるから、歓迎会には先に出席していてくれ」


「うん、わかった。ちゃんと戻って来てね」


「当然だろ」


 取り敢えず奈々ななからは許された。

 あれは事故なんだから仕方がない。

 ただちょっと、体に沁みついた習慣みたいなものだんだよ。ついつい本能で揉んでしまうというか、魂が求めているというか……。


 短刀なんて物騒な物を持っていた事に先輩は驚いたが、あれは万が一のことを考えて俺が朝に渡しておいたものなんだよね。

 一応は護身用だ。護るのは奈々ななに不埒な事をしようとした相手の身だけど。

 ただそんな経緯は話せないので『スキルが強力だから極力使わないように』『万が一の時はこれで身を守る様に』とヨルエナが渡した事にした。


 そんな訳で、どうせ同行するのだからヨルエナには伝えておいた。

 少し笑いながら、快く承諾してくれたよ。

 もう揉んだ事は気にしておらず、むしろ必要になったらいつでもどうぞとまで言われてしまった。

 ただ公衆の面前ではやめてくださいと釘を刺されたけどね。

 何とも余計な気を使わせてしまったものだ。

 今度こそ本当に腹を切るハメになるので遠慮しておくが、なんというか笑顔が綺麗な人だ。

 上品というか気品というか、とにかくさすがは神官長という感じだな。


 当時は最初から険悪だったから全くそんな状況じゃなかったが、今なら普通に友人にだってなれるかもしれない。

 と言いつつ歩くたびになる衣擦れの音。ゆっさゆっさと揺れる体の一部。

 衣装を見れば分かるが、何処からどう見てもノーブラである。

 形が崩れないように服が下から支える形ではあるが、それが逆にやばい。

 手の感触とさっきの言葉が頭で反芻はんすうする。

 あの頃の俺よ、見ているか。

 視点が変われば、世の中はこんなにも変わるんだぞ。


 そんな邪な事を考えている内に、例の黒い穴へと到着した。


「それでは御足労をおかけして申し訳ありませんでした。日本でのご活躍をお祈りしております」


「いいよ、どうせ忘れるんだし」


「私はまあ祈っておいてください。商談の成立をですけどね」


「俺は運が悪かっただけだ……」


 まあ反応は三者三様だな。

 しかしヨルエナ自身は知っているのだろうか? これが実質的な処刑だという事に。

 考えるまでもないか、知っている。俺をここから追放する計画を知っているのだから。

 だけど悪女とは思えない。これは彼女の仕事。それも自ら選んだわけではなく、血統によって決められた事だ。

 むしろ忠実に実行する点は立派だとすら感じる。

 当時の俺なら決して考えもしなかったろうけど。


「じゃあ」


「はい。成瀬なるせ様にも神の祝福があらん事を」


 こうして、俺は最後に飛び込んだ。

 どちらにせよ順番は関係ない。俺は距離を外して先に底に到着する。

 あ、そういえば、サラリーマンの人から乳を揉んだ事を褒められなかったな。

 今回はそのヨルエナと仲良く歩いて来たから話す機会が無かった点もあるが、あれはやっぱり俺に気を使ってくれたんだろうな。


 そして下に到着すると、予想より遥かに早く3人が落ちてきた。

 まあそりゃそうか。直通の穴なわけがない。

 アイテムか何かで、ここの天井とでも繋いでいるんだろう。

 だけど俺がクロノスの時は、そんな便利なものは無かった。

 というか、この時代でも使っている様子はなかったな。

 唯一無二とは言わないだろうが、相当な超レアアイテムだ。

 それをこんな事に使うのもなあ……。


 まあとにかく落ちてきた3人は、既に気を失っているところだった。

 落下のショックかあそこを通るとこうなるのか……そういや、俺も当時意識を失っていたな。

 落下の恐怖とかは覚えていない事を考えると後者か。

 だとしたら、このアイテムはあまり使えないなー。


 それよりも落下の勢いを外す。頭から地面に直立する姿はなかなかシュールだ。

 因みに予想はしていたが、箱のようにがっちりとした体格をしたサッカー部の先輩の下は普通にサッカーのユニフォームであった。

 まあそんな事はどうでもいいな。

 取り敢えず邪魔にならないように、さっさと横にどかす。

 順番に落ちて来てくれて助かった。

 まああの穴は一人用だけどね。


 後は簡単。

 まだ召喚者としては完全にひよっこ。

 目覚めただけで既に召喚者ではあるが、それでも今の俺ならこの程度は一般人にも等しい。

 全員を、そのまま日本へと還す。

 特にアイテムとかも必要無いだろう。元々、本当にスキルの一端でも残ったら向こうで少しでも長生きできるだろうって考えて始めただけだしな。


 光に包まれた3人が消えた後は黒竜のセーフゾーンへと行ったのだが……。


「あれ? まだ来てない」


 途中に死体どころか行軍の跡さえ無かったからおかしいとは思っていたんだよ。

 秘かに予想していたが、俺は結構長い間、あそこで気を失っていたのだろう。

 それが計画にあったのか無かったのかは分からないが、とにかくその期間も俺は制御アイテム無しで成長を続けていた訳だ。

 もちろんスキルを使っていないのだから成長も緩やかだ。

 ただそれでも、並の召喚者より成長が早かったことは間違いない。

 なにせ、そうでなければここから先を生き延びる事など不可能だっただろうから。


 一応中も覗いたが、同時に目の前から吹き付けられる業火。

 普通の人間なら、あの一瞬で黒焦げだ。普通に外したけどね。

 向こうからすれば、炎の息ブレスは俺を中心に左右に裂けたのだから驚いただろう。


「いつも、いつも、手荒な歓迎だ。もう少し落ち着けよ」


「貴様など知らぬ。しかしそうか、召喚者か」


 ……当然その存在は知っているよな。

 こいつらセーフゾーンの主は、完璧ではないにせよ迷宮ダンジョンの内情に詳しいからな。

 召喚者がこの世界に来て119年。知らない方がむしろおかしいか。


「あー、悪いが戦いに来たわけじゃないんだ。やる気になっているところ悪いが、早々に退散させてもらうよ」


「奇妙な人間だ。ではないか、召喚者ではあるが、どちらにせよお前の様にやる気の無い者がいるなど聞いた事が無い。まあいい、用が無いなら帰れ」


 相変わらず話が分かる奴で助かる。


「ああ、ついでに聞いておきたいんだが」


 再び吹き付けられる炎。


「すぐに帰るのではなかったか」


「血の気が多すぎだろう」


 先程と全く同じに外す。


「攻撃する気が無いのは本当だし、ちゃんと帰るよ。ただ聞きたい事があったんだよ」


「なんだ?」


「お前は今までに人間や召喚者に倒された事はあるのか?」


「一度もない。ここに来た異物はお前が初めてだ」


「それだけ聞ければ十分だよ。じゃあな」


 そう言って素直に外に出たが、黒竜は約束通り後ろから攻撃してくる事は無かった。

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