第510話 これは事故だ

 さてその奈々ななの番ともなると、さすがに注目される。

 先輩の時もそうだったが、学校では知らぬ者のいない有名人だからね。

 容姿もそうだが学業も優秀だ。

 いつもニコニコしていて、隙が多そうなところも良いらしい。知らないって怖いね。

 運動神経はちょっと鈍いが、むしろチャームポイントと言えるだろう。


 だが告白した人間はことごとく玉砕。

 その怒りの矛先は俺に向いたわけだが、逆にそれが奈々ななの逆鱗に触れるという悪循環。

 中学の頃からその傾向はあったが、高校に入って数か月で完全に男を軽蔑するようになっていた。

 だからごうに寝取られたと思った時は、本当に理解できなかったものだよ。


 さてその奈々なななんだけど、ヨルエナと楽しそうにおしゃべりをしている。

 まあもう知らない仲じゃないし。俺が色々やっている間に奈々ななはずっと彼女からの講習を受けていたわけだしな。

 ただ何時迄もって訳にはいかない。

 あの時と同じようにヨルエナの前に浮き上がった光の膜から真っ白い本を取り出すと、ニコニコしながらこちらに戻って来た。


「お疲れ様」


「すぐだったよ」


「……ねえ、3人とも。私に何か隠してない? なんだか奈々ななは随分馴染んでいるし、敬一けいいち君と西山にしやまくんの距離感もなんだか変」


 マズい。

 龍平りゅうへいはまだスムーズだったが奈々ななはいかにも知り合いですって雰囲気を出してしまった。

 というか、龍平りゅうへいも当時の様なはしゃぎっぷりは無い。さも当たり前という感じで受け取ると、何の喜びも無く戻って来た。

 これだけで不自然この上ない。しかも言われてみれば、俺と龍平りゅうへいの距離感が当時と違い過ぎる。

 人の事を言える立場ではないが、お前らもう少しきちんと演技しろ。


「大丈夫ですよ、水城みなしろ先輩。細かい事はそうですね……後で話す事になるでしょう。奈々ななさんも一緒にですね」


 その言葉に、かつて果たせなかった希望を感じ取った。

 龍平りゅうへいもまた、色々と思う所があるんだろう。

 というか、こいつが先輩や奈々ななに普通に話し掛けたのは久々に聞いたな。

 確かに召喚者でいる間は時間の感覚が曖昧だが、俺には地球での実際に動いていた時間があるからな。

 それに感覚はともかく、ここまで本当に沢山の事があったんだ。


「それより敬一けいいち、お前の番だぞ」


「ああ、そういやそうだったな」


 当時は希望に満ちてスキルの判定を待った。

 だけど今思えば、ヨルエナは最初から冷たい目で俺を見ていた。あの時から、心は決まっていたのだろうな。

 彼女には辛い選択をさせ、あまりにも悲しい最期を遂げさせてしまった。

 だけど今は、にこやかに――他の連中と同じように接している。

 今度はあの時とは違う。必ず、彼女もこの国ごと救って見せるさ。


「それでは、スキルの判定を行います」


 おごそかに俺の前に跪き、両手を広げる。

 相変わらず近い。そしてこれだけの美人。そして高露出に巨乳。

 青少年には目の毒だな。もうそんな若さじゃないけど。


「分かりました。貴方のスキルは空間操作です」


 ミーネルは次元変異と言っていたが、やっぱり神官長が命名するのかな?

 もしくはクロノス――ここではダークネスさんの事だが、彼のスキルを知っていて違う名前を付けたか……まあ今度聞いてみよう。


 そして手を伸ばせば触れてしまうような距離に光の膜が出るが……制御アイテムは無い。

 けど、そりゃそうだ。今朝貰ったんだから俺が持っているんだよ。

 だけど何もしないのはあまりにも不自然だ。

 取り敢えずここにあったのだからそこを掴めばいいわけだな。


 むに。


 あれ?


 むに、むに、むに。


 何か違うものを掴んでいるが、光の膜に遮られよく分からない。

 だが、この感覚。これは――、

 むに、むに、むに。


 忘れようもない――、


 むに、むに、むに、むに、むに。


 俺が自分の失態に気が付いた時、ヨルエナの悲鳴と共に強烈なビンタが飛んできた。

 以前は掴んだだけで殴られたが、今回はここまで我慢してくれてという事だろう。

 彼女も丸くなったなあ。

 などと暢気に構えていられるはずもなく――、


「おい、アイツずっとその――あれを揉んでいなかったか?」


「いきなり乳を揉みまくっていたよな」


「最低!」


「不潔」


「おいおい、アイツいつも水城みなしろ姉妹と一緒にいる奴だろ」


「まさかいつもあの二人にも!?」


「うらやま……野郎、ぶっ殺してやる!」


 ……もう言いたい放題だ。

 あの時はスキルがハズレってインパクトもあったから嘲笑がおきたが、今回はガチだな。

 他のみんなも笑っていない。


 とりあえず3人はというと、先輩は心配そうにこちらを見つめている。

 昔だとそれだけの感想だっただろうが、今なら分かる。『そこまで追いつめられているなら、一言相談してくれれば私が』……多分そんな事を考えている目だ。

 さすがに甘えるわけにはいかないけどね。

 それに今のは事故だ。本当だ。


 というより、さすがに教官組3人とやり合ったからな。スキルを使ったせいで、本能が求めていたんだ!

 なんて説明が出来るはずもないが。


 龍平りゅうへいは気にもしていないといった感じだな。

 好きなだけ揉め。そして罵倒されろ。どうせいつもの事だろう。

 そう目が訴えている。

 昔は親友だとか言いながら、こいつの事は何一つ分かっちゃいなかった。

 だけど今はしっかりと分かるよ。分かりたくは無かったが。


 そして奈々ななは、静かに正座し、そしてコトリと床に短剣を置いた。

 にっこり笑ってこちらを見ている。だけどその笑みは『覚悟は出来ているよね?』と言っている。

 長い付き合いだし、奈々ななの事は全部分かる。そして知っている。

 だからこそ言える。あれは完全に本気で腹を切れという意味なのだと。


 とにかく今は出来る事をしよう。

 俺はすぐさま正座して、ひたすら冷たい床に額をこすりつけたのであった。

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