第506話 退屈を消し去ってやろう

「たった今、紹介に預かった成瀬敬一なるせけいいちだ。若輩者はもっとへりくだれと思ったかもしれないが、ハッキリさせるためにこうさせてもらう。今後はクロノスと同様の命令権を持つ。それを忠実に守ってもらいたい」


「なる程。その態度、感じる力。こうしているだけでもそれなりに理由は分かる。だが悲しいかな、我らはたとえクロノスのめいであろうとも、力の無いものに従うつもりはない。ましてや命令とはその名の通り、聞く事は命に係わるという事だ。なにせこんな世界であるのだからね」


「それは俺も同意見だ。俺と戦えない相手程度の相手の命令など聞くつもりはない」


 当然だな。

 まあフランソワは潤んだ瞳でこっちを見ているし、一ツ橋ひとつばしは興味すらなさそうだ。

 というか、帰りたいという空気を全身から出している。

 まあ、単純で助かったよ。


奈々なな、頼む」


「えっ、い、いいの?」


「当てなければね」


 荒木あらきが何の話だと言おうとした瞬間、奈々の前から出た一条の光が一直線にビルの壁を外壁まで貫いいた。

 空気と壁の焼ける臭いと穴から吹き込む強風。そして既に待機していた修理屋さん。

 お手数をおかけしますが、これは必要な儀式なんです。


 さすがにフランソワも含めた4人とも硬直している。さっきと逆になったな。

 何が起きたのか、見えもしなかったのだろう。

 一条の光が過ぎ去っただけ。分かったのはそれと十分すぎる威力。

 あれだけで、勝てない相手という事は理解しただろう。但し――、


「今のは彼女の力の一端を示しただけの事だが、別に彼女が君たちに何か命令をするわけでは無い。ただ俺とは違う意味で特別な人間であることを理解してもらいたかっただけだ。さて――」


 そう言いながら前に出る。


「フランソワと一ツ橋ひとつばしは参加しないだろうが、木谷きたに荒木あらきは戦意喪失って訳じゃないよな。次は俺の番だ。どうせ教官組なんて仕事に退屈していたのだろう? 久々に死の恐怖というものを味あわせてやろう」


 実は神殿庁の朝は早い。というか今日は大事な目覚めの日だからな。

 もうとっくにヨルエナの所へ行って、制御アイテムは貰ってあるのだよ。


「大きく出たな。だがそれだけの力をその瞳の紋章から感じるよ」


 そう言って、いつもの様にサングラスをクイッと上げる。

 しかしこれは癖では無いな。微弱だがスキルを感じた。俺も成長したものだ。

 それに、微弱とはスキルが弱いという意味に直結しない。俺の様に使った力がそのままというような単純なスキルじゃないし。


「当然、俺も参加して良いんだよな。昨日のうっぷんが溜まっているんだ。少し位の怪我で泣くなよ」


 荒木あらきの100パーセント脳筋はある意味分かりやすい。

 そして予想通りフランソワは不参加。

 むしろ両手を握って目を輝かせて俺を見ている。

 当然、奈々ななも俺たちの関係には気が付いているよな。後で言い訳をしておこう。


 そして一ツ橋ひとつばしもと思いきや――、


「いいな、その死の恐怖とやら。面白い……どれほどのものか是非試してみよう」


「珍しいな。君が参加するなど。賭けには乗らないのではなかったかね?」


「フフフ……これはそんな遊びじゃない。一体どんな死を撒き散らしてくれるのか、今から楽しみだよ」


 ……こいつ。本当にあの一ツ橋ひとつばしか?

 なんて考えるまでも無いな。この気配は忘れない。

 まあ何が有ったのかは、後でゆっくりと聞くとしよう。


 一ツ橋ひとつばしの言葉と当時に、紫色の霧が勢いよく吹き付けられる。


 ――腐敗か。


 範囲は部屋全体を覆い、みやはもちろん奈々ななやフランソワも巻き込んでいる。

 だがどこに効果を及ぼすのかは自分で選べる。そんなスキルだったはずだ。

 当然俺の周辺を腐敗させようとするが、


「ぐああああああ!」


 転げまわるのは一ツ橋ひとつばしの方だ。

 悪いが召喚者同士の戦いは、極一部の特殊な相性か、対処法を知っている相手以外に負ける気はしない。

 こちらは足から腐らされてズボンはボロボロ。足はさっきまでボコボコと泡立っていたが、それはもう古い肉体ごとはずしてある。

 一方で、一ツ橋ひとつばしの攻撃はスキルそのものだ。外されたスキルの力はそのまま本人に戻りカウンターとなる。

 悪いが、一番相性が悪かったな。


 だが同時に腐敗の煙の中からから飛び出してくる無数のダガー。

 だけど悪い癖だな。これは様子見といった程度だ。

 すぐさま木谷きたにへの距離を外し、右手で顔を掴んで地面に後頭部から叩きつける。

 床が砕けたが、今更この程度で死ねるほど弱くはない事はもう知っている。


「力を感じながらも様子見か? そのスロースターターなところがお前の悪い点だぞ、木谷きたに


 そのまま上へと吊るし上げる。

 まあ背はこいつの方が高いから、宙吊りとはいかないけどね。


「肝に銘じておこう」


 掴んだ指の隙間から、ニヤリとした笑みが見える。

 同時に足に走る激痛。この腐敗の煙に隠してあることは分かっていた。

 まあ残っているのは煙だけ。腐敗自体は切れているけどな。本人があの状態だし。


「だがお前も現代人なら知っているな。存分に味わうと良い」


 口から血が流れるが、これはカウンターが入ったからだな。これと一ツ橋ひとつばしの様子から、俺のスキルの特性は理解しただろう。

 まあ一目見ただけで全容が分かる程、単純でもなければそんな使い方もしちゃいない。しかし現代人?

 そんな疑問より先に、全身に電流が走る。

 そういや、ここはこいつのホームグラウンド。

 しかもこの時代には、もうフランソワが電気自動車に使うバッテリーまで発明していたんだった。

 しかしこれって木谷きたに本人も……。

 などと油断したら、顔を掴んでいた右手首があっさりと斬り離されていた。

 そういや普通の剣も使うんだっけ。


 顔に多少のやけどはあるが、当然俺よりも軽症だ。というより、ポイ捨てされた俺の右手が物悲しい。

 体の方にはダメージが感じられない。おろらく、スーツかインナーが対電たいでんなのだろう。


 俺の足に刺さっていたのは2本の金属ダガー。しかしその後ろは壁にあるコンセントのような部分まで糸のように伸びている。

 ダガーの形さえしていればある程度大きさも形も変えられる事は知っていたが、なかなかどうして、さすがだな。

 それに電気はあくまで電気。スキルではない。その点も合格だ。

 しかし傷も、電気の影響も、斬られた右手も俺には意味がない。

 まるで残像が脱皮したように、俺の傷は消える。


「超回復とでも言えばいいのかね、それにカウンターか? 見事なものだ。君と似たスキルを使う人間を一人知っているよ。今は……少し特殊な状況ではあるがね。だがそれ以上に感服するよ。いきなりここまでスキルを使いこなす人間など、今まで見た事が無いのでね」


 そういや木谷きたにが召喚されたのはクロノスがダークネスさんになる前だったな。

 初めて戦った時も、そんな事を考えていたのだろうか。

 少し懐かしさも感じるよ。

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