【 新たなる戦いに向けて 】

第504話 命令権が無いと何もできないからな

「だからここから先の事は、実際にはあまり心配はしていない。こうして互いの考えや状況も分かったしな。そろそろ本題に入るべきだろう」


「それはいいが、どうやって奴を倒すつもりなんだ?」


「それに関してはまだ何ともだ。見てもいないしな。報告もまだなんだろ?」


「1日で分かるわけもないだろう。まだ甚内じんないたちは到着すらしていない。それにここまでの話で分かっているのだろう? もう私たちには奴と戦うどころか、探す力すら残ってなどいなかった事を。お前達が召喚されるまで、ただただ殺してきただけだ。何も知らない人々も……日本での友人もな」


 そういうきつい話を不意に語るのはやめて欲しい……とも言えないな。

 実際、召喚に時差が出るのはもう分かっている。そして近い人間が召喚される確率が高い事も。

 こいつがクロノスになった後、同級生や友人が召喚されてきてもおかしくはないか。

 だけど結果は今更だな。


「ならそれまでは普通の召喚者のふりでもするさ。『うわー、これがスキルなんだすげえー』ってな」


「お前はしゃべるな。そんなわざとらしい棒台詞など聞いたら、全員が疑い始めるだろう」


 演技が出来なくて悪かったな。奈々ななにも言われたが、もうそんなに若者っぽい口調で話せないんだよ。

 ただ、これでもクロノス時代はそれなりに演技してきたんだぞ。

 風見かざみのサポートがあったればこそだけどな。


 つんとした風見かざみ

 殊勝な風見かざみ

 笑顔の風見かざみ

 辛辣な風見かざみ

 夜の風見かざみ


 いったいどれほど多く支えられてきたのだろう。

 今はみやの保護下にあるとしても、それはそれ。別問題だ。

 何とか救ってあげたいが、難しいな。

 完全におかしくなっているわけじゃない。

 あの自信の無さ。何かにおびえた様子。ヒステリックに切れた状態……間違いなく、自分がクロノスを殺した自覚はあるんだ。

 なんかもう複雑すぎておかしくなりそうだ。

 だけど、先ずは全部整理していかないとな。


「やはり気が変わった。教官組には俺たちの事は話しておいた方が良いだろう。何処まで話してあるかは知らないから、全部でなくていい。ただそうだな……お前と対等くらいの命令権を貰えればいいだろう」


「随分と大きく出たな」


「指示を出すにしても、イチイチお前の許可を取っていたら間に合うものも間に合わなくなるんだよ」


 大体、既に塔を作り直す時間はない。これはまあ研修期間にでもやるとして、それまでの間に出る死者は俺と一緒に追放……というか、俺と一緒に黒い穴から捨てられた連中か。普通に帰還という名の処分だったわけだが、とにかく彼らを助けるところからやっておかないと。

 それと勇者サンか……彼は仕方ないとして、彼の部下に関しては帰還させないといけないな。セポナもいるし。


新庄琢磨しんじょうたくま須恵町碧すえまちみどりもまだ迷宮ダンジョンだろう。それと一緒にいる軍勢はもう地上に戻しても良いだろう。俺と合流するって計画は無しだしな。そんな関係もあって、命令権は必須と思ってくれ」


「そうだな……確かにあの計画はもう完全に無用だ。お前が来た以上、残りの時間は可能な限り召喚者の育成に当てるつもりだった。あそこで遊ばせておくのも良くは無いか」


「というか、ここまでの悪習が消えていないから当初はそれなりに死者が出ていたようだぞ」


 などと言ってみたものの、思い返せば死んだのは最初の3人を除けば俺と龍平りゅうへいが殺したんじゃねーか。

 それぞれ理由はあったとはいえ、酷い話だな。


「それは何とかしないといけないか。それに、今の状態で迷宮ダンジョンに潜っている連中に関してもどうにかしないといけない。ただこちらは戻らない事にはどうにもならないのが現状だ」


「俺が知る限りでは、そいつらは無事に戻って来るよ。ただ問題のある連中がいてな。召喚者だけでは無く現地人にもだ」


「詳しく聞こうか」





 □     ★     □





「ねえ、どうだったの? 大丈夫だった?」


「ああ。俺が思った通りのアイツだったよ。今度紹介する」


「あんな事をしちゃったのに紹介とか言われても」


 まあ風穴を開けて黒焦げにしていましたけどね。

 だけどあれは俺を助けるためだ。みやも気にしちゃいないだろう。


 それよりも、俺はみやに先輩と龍平りゅうへいらを騙し、追い詰め、体を提供させた連中の事を説明した。

 もちろん先輩に関しては未来の事でまだ起きていないので話してはいない。

 だけどあの連中は常習犯だった。泣かされた女性は数多く、それどころかいざとなれば見殺しにしてきたと聞いた。

 そしてそんな連中と迷宮ダンジョンの物資を個人でやりとりして楽しんできた他の召喚者。

 それに現地人の金持ちまでも含まれる。


 俺がクロノスだった頃は南方に巨大な経済圏を抱え、しかも南北隔てなく移民も受け入れた。

 人口増加と活発な経済は国家全体を潤し、復興が進んでも極端な貧富の差は生まれなかった。

 召喚者が集めてきたアイテムはチームで使う分の所持は認めたが、一部の人間や組織に独占させなかった事も大きい。

 それでも完全とはいかなかったが、反省点はあるとはいえ俺は神でも専門家でもなかったからな。

 内務庁、軍務庁と協力して出来る限りの事はしたという自負はある。


 だけどこっちの世界にはそれは無い。

 一部のコネのある人間だけが南北に物資を横流しし、それに協力している召喚者達のグループがあった。

 結果として貧富の差は拡大。

 ある意味生贄となる貧困者には困らなかった事が潤沢な召喚に繋がりはしたが、ラーセットは依然として貧しさに比例しない異常な軍事力を保有する国となった。

 横流しされた物資は、少なくはないとはいえ全体としてはみやらが監視していたしな。

 お目こぼしされたのは中級品までだ。

 そんな訳で、周辺国との緊張は武器の供与という形でも悪化する一方で今に至る。


 その辺りの事は、龍平りゅうへいが犬と言われながらも地道に調べていた召喚者やそれを取り巻く内情だ。

 当時は俺が以前のクロノスより上手くやろうと聞いた話だが、こんな形で役に立つとは思わなかった。

 今は新人の目覚めの儀式があるから教官組は動けないが、落ち着けば大規模な監査の手が入るだろう。

 その点に関してはみやの事務処理は完璧だからな。もう俺や龍平りゅうへいが手を出す必要もないだろう。

 一次的に召喚者は数を減らしてしまうが、ここから育てるのならやるなら今が良い。

 もっとも、数年程度の育成でどうにかなると思えはしないけどな。


 奴自身もこの時代に来ているから自分の持つ膨大な戦力に驚いているだろう。

 ただ前と同じ3年で出てくるかは謎だ。何せ俺がいる事も知っているわけだし。

 ただ急がなければいけない事は間違いないだろう。

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