第503話 ここから始めるんだ

 長すぎる年月と、自らの決断で――どころの話では無いな。俺は勝つために知恵を絞り、その上で死なせてしまった仲間の事を思うとどうしても苦しくなる。

 だけどみやたちは違う。死なせるために召喚し、死なせるために迷宮ダンジョンへと送り込んだ。殺し合いも奪い合いも推奨した。


 そういえば、初めて木谷きたにと戦った時、勝つ為の作戦だったとはいえ平然と仲間を見殺しにしたな。

 俺がクロノス出会った時の木谷きたにとはずいぶん違う。環境のせいで変わってしまったのかと思った。

 それは間違いではないのだろうが、あのくらいの事はするように指示が出ていたのだろう。

 そして今、その指示を出した人間はもう限界に来ている。


 俺がまだ成瀬敬一なるせけいいちだった頃、この国は憎むべき敵だった。

 俺たちを召喚し、平然と使い捨て、自分たちだけは安寧を謳歌する最低な屑ども。

 そして元凶である最古の4人と教官組。

 同じ日本人でありながら、次々と俺たちを使い潰す非道な奴ら。

 別に殺してやろうとか思っていた訳じゃない。ただ一泡吹かせてやって、その上で召喚システムをぶっこわし、召喚されてきた人たちを全員日本へと帰す。中心人物は置き去りにしてな。

 それが俺の思い描いていた復讐の形だった。


 ところが、いざ日本に帰ったらあのザマだ。

 ラーセットの記憶もなく、ただ未知の相手を黙々と研究しながら人類の滅びを待つだけの虚しい日々。

 だから再びラーセットに召喚されて記憶を取り戻した時は、実は嬉しかったんだ。

 同時に、出来ればどうしてあんな手段を取ったのか聞きたかった。

 ところが冷静に考えてみれば、俺が召喚されたのは今よりもずっと過去。違う時間軸だった。

 あの時と同じ未来に辿り着く事は無い。


 それ以降はクロノスとなり、自分なりに考えて行動した。

 結局あれだけ嫌悪していた召喚をする事になり、迷宮ダンジョンへ送り込んで大勢死なせてしまった。

 しかも反乱まで起こされたのだから笑えない。

 それどころか、その相手はかつてあれほどまで憎んでいた悪の元凶であったクロノス……を演じていたみやなのだからもっと笑えない。

 まあそれを知ったのはこっちにまた戻されてからだけどな。


 クロノスとしてやっていた事は、一生背負って行く事になるだろう。

 確かに大義はあった。仕方がなかった。だけど、それに甘えてはいけない事だ。

 そして奴を倒し、繋がり、十分な準備を重ねながら時を待ち、遂に時間遡行戦に踏み切った。

 結果は今に至ったわけだが、これは完全に予定外だった。


 だが結果は結果だ。ある意味良い機会でもあった。

 どうして俺はこんな酷いシステムを作ったのか?

 心は痛まなかったのか?

 なぜ奈々ななや先輩をあんな状況にしたのか?

 聞きたい事は山ほどあったが、クロノスが俺じゃない事は直ぐに気が付いてしまった。

 じゃあ俺は何処へ行ったんだよ?


 そんな疑問も、直接会った事と今の話で大体分かった。

 結局、誰も上手くいかなかった。

 俺たちを助けてくれる都合のいい神様なんておらず、居たのはこの世界を滅ぼすどころか実際に地球まで滅ぼしやがった奴だ。


 召喚も何もかも、好きでやっていた訳ではなかった。

 権力を利用して、やりたい放題楽しんでいる奴も当然いない。

 誰もが長すぎる時間に焦り、もうなりふり構ってなどいられなかったのだろう。

 その結果、彼らは自らの行動によって追いつめられてしまった。

 そりゃそうだろう。故郷は滅び、自分たちはもう帰る事も出来ない。

 だけど、別の時間軸にいるという見ず知らずの自分たちのために、この別世界という牢獄で死ぬまで同胞を騙し、殺し続けるのだ。

 もういつ心の糸が切れてもおかしくはない。そんな状態だった。

 そしてようやくやってきた俺は、今までその為にやってきた計画全部をぶち壊す存在になていたわけだ。

 良くはなっているのだから歓迎しろとはなかなか言えないなあ。


 まあ末端は好き放題やっていたようだったけどな。

 とりあえずもうごうの奴はどうでも良いとして、先輩の方は何とかしないとな。

 さすがに今はまだやってもいない事でどうこうする気はないが、龍平りゅうへいの話だと常習犯だったようだし、それなりのお仕置きは必要だろう。

 なにはともあれ――、


「クロノスを交代するのはやっぱ無しだ。悪いがみや、今まで通りクロノスをやってくれ」


「お前はどうするつもりだ」


奈々ななと一緒に他の連中と一緒に目覚めた事にするさ。ただそれだけじゃ足りないな。時間は無いが、出来る限りの改革はするぞ。システムは全部改めて……ああ、そうだな。これは言う必要が無かったんだ」


「何かあったのか?」


「何と言うかな。風習は残っていたよ。だけど実は当時、かなりの疑問があってな」


「どんな事でも良い。ハッキリ言え」


「別に悪い事じゃないさ。俺が召喚されてから、それほど多くの召喚者は死んでいない」


 龍平りゅうへいがしでかした事はここではパスしておこう。


「それどころか、召喚の塔を壊して時計を奪った話はしたな」


「大量虐殺をしたそうだな」


 耳に痛すぎる。

 結果を知れば、絶対にやらないさ。だけど当時の俺は、ただただ無知だった。

 けどそっちも置いといて――、


「その前に1回だけ召喚をしていたが、俺が時計を盗んでから2年間、お前は召喚を止めた。当時の俺は、『きっと探しているのだろうがここはそう簡単には見つかるまい』なんて暢気に考えていたんだ。だけどクロノスになって分かった。あんな場所、本気で探せば簡単に見つけられる。しかも今では、知っていた事も確定事項ときたものだ」


「時計を盗んだのなら、召喚出来ないのは当たり前だ」


「そう言っていながら、自分でも分かっているんだろ。未来のお前自身が選択したんだよ。召喚を止めるとな」


「確かにそうだな。もうお前は召喚されたのだ。そして水城奈々みなしろななという切り札も手に入った。その通りだ。もう無駄な召喚の必要はない。後はお前を鍛えて日本に帰した後、残った召喚者と共に最後の決戦をする。私はそう考えたのか……」


 みや の表情はほとんど変わらなかったが、言葉には何処か肩の荷の下りたようなニュアンスが含まれていた。

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