第494話 これは俺ではないな

 奈々ななの心を壊し封印しやすくする。その計画は確かにあった。

 だが実際に行われなかった事は、初めてラーセットで彼女を見た時の様子で分かっていた。

 となれば、計画は実行されなかったとしか考えられなかった。


「あれはお前がすぐに目覚めたからだ。それに前が言う未来の話は知らぬ。だがそうか、俺はまだ止められたか……確かに予定通りなら中止する予定だった。そもそも、私はあのような計画には反対するしかない。だが、相当に恨まれたのだろうな」


「複雑な立場だって事はわかるよ。だからまあ、礼の一つも言わせてくれよ」


「ふむ……しかしそうなると、どのみち計画が実行されない事は知っていたわけか。未来を知るというのは便利なものだな」


「すぐに追放されたからほとんど知らないけどな。それに俺が目覚めた事で状況はかなり変わっただろう。百パーセントの確証はなかったさ」


 おそらく当時は、コピーの方に計画が実行されたのだろう。さすがにそちらなら、アイテムを使おうが薬だろうがスキルだろうが、何をしたってみやは許容するだろうし。

 どうせコピーの人生は、セミのように短く終えるのだ。

 だが考えれば腹が立つけどね。


「しかし、なぜ私が止めたと思ったのだ? 緑川みどりかわ黒瀬川くろせがわかもしれないだろうに」


「あの二人がそこまでするとは思えない。計画を立てたのが風見かざみなら、撤回出来たのは残りの一人だけだ。ただここに来るまでは多少の不安はあったけどな。また一戦交える羽目になるんじゃないかと。けど、そうならない事は早々に分かったよ」


「何故だ?」


「お前があの時、奈々ななの心を壊すと言ったからだよ。心が壊れているという言葉、好きじゃないのだろう?」


「これは参ったな。お前はやはりクロノスだよ」


 人それぞれ様々な経験はあったろうが、みやの知る俺もまた俺か。

 まあ悪くはない。


「それで、どうして風見かざみがおかしいと思った」


「彼女はお前と違って演技じゃない。素の状態だった。だけど俺の知る彼女とは違いすぎる。いつもの自信満々な様子は鳴りを潜め、何処かおびえた様子だった。それにかなり感情的で情緒不安定に感じた。俺が知る風見絵里奈かざみえりなという人物は、もっと冷静でふてぶてしく、何より頭の回転が早く計算高かった。お前も焦ったんじゃないか? 俺がもう目覚めているのに計画を中止できなくて」


 時々手を繋いだりしていたが、あれはみや風見かざみを落ち着かせていたのだろう。


「もう分かっていたが、やはり本来の彼女を知っているのだな」


「彼女は俺の時代だと、3回目に召喚された最初期のメンバーだ。それ以来、ずっと苦楽を共にしてきた仲だよ。それだけに……な」


「そうだな……確かに彼女は大きく変わってしまった」


「原因は児玉こだまの事だろうが……」


「確かにそれは大きな要因だった。それは間違いない。あの時から、俺たちの状況は大きく変わってしまった」


 大きな要因だった……か。

 やはり児玉里莉こだまさとりも召喚されていたのか。


「そろそろ教えてもらえないか? クロノスはどうして死んだ。正確には――なんて話は無しだ。今でもダークネスさんとして存在はしている。だけど彼はもう俺ではない。一人の人間が生きた残滓が、ブラッディ・オブ・ザ・ダークネスという形をしているに過ぎない」


「……」


「クロノスの死には、最古の4人全員が関わっているんだろ」


「やはり敵わんな。お前がクロノスとして生きたという事を聞いた時点で、必ずそう聞かれる時が来ると思ったよ。ただその前に、本当にクロノスとしての力があるのか試したかったのだがな」


「あれは俺の負けだ。奈々ななの横槍が入らなければ、俺には逃げる事しかできないよ」


「そう思ったのなら、あの場を収めるためにも逃げて欲しかったものだ。もう知っているのだろうが、このような事態の為にあの村を作ったのだから」


 クロノスとなった時から確信していたが、やはりあそこは俺にとってのセーフゾーン的な役割を担っていたんだな。

 管理者が自分だとは夢にも思わなかったが。

 しかし――、


「さっきも言ったが、前と同じになるという保証はなかったからな。俺の目覚めで状況が変わったって事もあるが……それ以上に、全員何処か少し引っかかってな」


「言っただろう。もう全員、何処かしら闇を抱えて生きている」


 そう言うと立ち上がり、大量のファイルや本が詰まった棚から一冊の本を取り出した」


「これがクロノスの書き残した計画書だ」


 そう言って投げてよこす。

 中を見ると、細かい字でびっしりと書いてある。

 確かに見ただけで自分が書いたものだと理解できるね。

 しかしこれは?


「自分にもしもの事があった時に、後を継いだ者が実行する指南書だ。そこに全ての計画が書いてある」


 パラパラとページをめくる。読む必要はない。全部一度頭に映像として入れてしまえば良いからな。しかしこれは……。


「今と随分と違うじゃないか」


 この内容を見る限り、クロノスはやはり現地人と召喚者の双方の関係に細心の注意を払っていた。

 現地人には安全と利益を。召喚者には真摯な態度と最高の待遇を。

 初代からの情報や方針、成功例や失敗談などはクロノスの死という不測の事態で何度も途切れ、一部は失われたと聞く。それでもやはり同じような選択をするものだな。


 ただ情報はあるが、力は足りない。

 相手は世界を滅ぼせる相手。実際地球を滅ぼしている。そんな奴を倒す為に、代々の俺は様々な事を試した。

 しかし簡単な道ではない。相当な辛酸を舐め、俺と違って、奴との戦いも結局失敗の連続だった。心なんて、いつ折れてもおかしくはない。

 でも俺はそれでも俺だった。

 その内容は、殆ど俺が行って来たものと変わらないものだったのだから。


 ただ塔に関しては不可侵にしていたようだ。いつからかは分からないが、おそらく俺が死んで誰かが引き継ぎ、また次の俺に託される。

 その過程で、どうやって今の塔が出来たかの記録が失われてしまったのだろう。

 確かにあれを失ったら召喚の道が途絶えてしまう。いわば無数の生命と未来を繋ぐ糸。

 我ながら、よくもまあ好きにさせたなと思う。

 というかぶっ壊したんだよな。知らないって怖いわ。


 だけど、それだけに――、


「今の計画はクロノスが立てたものでは無いな」

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