【 クロノスの死 】

第493話 今のうちに話し合うべきか

 結局奈々ななと沢山の事を話している内に朝になってしまった。

 こんな日をどれだけ待ちわびただろう。

 いや、それは違うか。本来ならあったであろうこんな日々を奪われた苦しみが、俺をここまで成長させたんだ。

 しかし本体に関してはもう今更として、計画を立てたダークネスさんや引き継いだ4人に関しては本当に複雑な想いだ。

 まだしこりがあると言えば有るし、やはり俺が一度クロノスとなって戻って来た事で状況が随分と変化している。

 その整理もしたいが、先ず俺と奈々ななは召喚庁を訪れていた。


 ――やっぱり場所は違うか。


 高層ビルには違いないが、俺の時は上部の一部を間借りした感じだった。

 何度か利便性や再開発の関係で引っ越したが、基本は同じだ。

 ちなみに下はいつも雑居ビルと召喚者たちの宿舎だった。


 だがこちらは違う。ビル一棟が丸々召喚庁。

 ただそれだけ人がいるかといえばいない。

 召喚者は全員、それぞれ分散して居を構えている。

 俺がクロノスだった頃と違い、召喚者同士が互いを監視し合い、同時に出し抜こうと牽制しあっていた。その為だ。


 それは教官組どころか最古の4人までそうだと言うから少し驚いた。

 特に緑川みどりかわに至っては、黒瀬川くろせがわも本来の住処を知らないという。

 やり方はそれぞれだと思うが、随分と変わったものだ。


 ビルの中には職員どころか警備員さえいない。

 これで本当に執務が出来ているのかと疑問に思うが、基本は全部みやがやっているそうだ。

 それに他の3人も、一応顔は出しているらしい。

 まあ彼らは認識阻害をしているから誰も気がつかないだろう思ったが、そもそもが無人とは思わなかった。


 そんな訳で、俺と奈々ななは誰に見られる事も無く召喚庁の執務室まで直行した。

 一応、街では道行く人に見られたけどね。

 多くの人が手を振ったり、或いはぎこちないお辞儀をしたりしていたところを見ると、一応現地人と召喚者の間はそれほど悪くはなさそうだ。

 ……勇者は相当に嫌っていたようだけど、あれはただの嫉妬だしな。

 そういや彼は、今頃黒竜のセーフゾーンに向かっているのか。

 そして今夜死ぬ。少々複雑な想いだ。

 助けるべきかとも思うが、それは彼の名誉を傷つけてしまうだろう。

 命と名誉……ここが地球なら、迷わず命と応えるべきなのだろうけどな。


「じゃあ、俺はクロノスと話してくるから、奈々ななはこちらで待機していてくれ」


「うん、分かった。でも大丈夫なの?」


「ああ、多分な。危なかったらここまで逃げてくるよ」


 奈々ななはクスリと笑うと、


「頑張ってね」


 といいながら手を振った。





 〇     □     〇





 ビルの造りは大体同じ。というより、これだけの高層ビル全てをゼロから設計するとかちょっと考え難い。最上部には必ず食糧プラントがあるし、基本設計は全部同じなのだろうな。

 応接室の位置は簡単に分かったので、奈々ななはそこで待機中。

 一応この世界の本なんかも置いてあるが、今の奈々には現地語は読めないか。


 昨日うやむやになった後、実はこっそり緑川みどりかわに話を通してもらっていたんだ。

 と言っても、朝はいつも一人で執務室にいるらしい。

 一応本人にも連絡はしてもらったし、いきなり戦闘になる事は無いだろう。

 そんな事を考えながら、いよいよ執務室の前まで来た。

 これからの事を考えると、さすがにちょっと緊張するな。


 深呼吸をしてから、とりあえずドアノッカーを鳴らす。


「そんなものは良い。鍵も開いている」


 中から聞こえて来たのはみやの声。他に気配はない。

 まあ、罠とかは考えていないけどね。


「仕事中にすまないな、邪魔をする」


「仕事などもう終わっている。これは幾度となく繰り返してきたルーティーンのようなものだ。それで用件は?」


 大量の書類の山を静かに確認している。

 書類はどれもボロボロだ。相当に読み込んでいるのだろうが、確かに俺たちには不要ではある。

 あれはおそらく、こいつが自分であるために必要な儀式なのだろう。

 そこに居たのは昨日までのみやとはまるで違う。いつもの彼だったのだから。


「沢山あるんだけどな……」


「本体の位置なら、加藤甚内かとうじんない三浦凪みうらなぎに調べさせている。ハスマタン近くの大きなセーフゾーンが根城で良かったのだな」


 やはり早くも手を打ってあったか。


「もう移動していると思うが、それにしたって二人だけで大丈夫か?」


「他のメンバーは、お前の言うようにひよっこだ。それに今日は目覚めの日。これ以上教官組を裂くわけにはいかない」


 口調から何から何まで、本当にいつものみやだな。俺らしさの欠片も無い。

 今は演技など必要ないという事だろう。

 なら、いきなり本題に入っても問題は無いな。


「壊れてしまっているのは風見かざみだな」


 一度だけ、書類からこちらに目をやったが、


「その言い方は好きではない」


 そう言って、すぐに書類の方へと戻った。

 動揺は無い。予想していたのか、もうそんな事くらいでは動じないのか……。


「それに、多少の差はあれど皆同じだ。誰もがこの長い年月に疲れ切っている。召喚を続ける事。忘れられぬ苦しみ。お前がクロノスだったというのなら、当然知っているだろう」


「まあな」


 よく見れば、書類は召喚された者のプロフィールや業績、それに召喚日と――死亡日が記されている。

 一言一句覚えているだろうに、それでもこれを毎日読んでいるのか。

 そしてそれを受け止める事が、こいつが自分であるための儀式……まるで針山の上で教を唱え続ける修行僧だ。

 性格も昔と変わらないな。


「しかしなぜそう思ったんだ?」


「何と言うかね、必死過ぎたんだよ。壊れ――いや、疲れてしまった人間は、あそこまできちんと演技する事は出来ない。最初は完全に自分がクロノスであると思い込んでしまったのかと思ったが、それにしてはちょっとわざとらしかったし、時々素も垣間見えた。それに、そもそも心から自分をクロノスと思い込んでいる人間が、自分のスキルでクロノス対策をして戦うかよ。そんな所はアドリブの効かないお前らしかったな」


「そうか。確かに実は困っていたよ。私にお前クロノスのスキルは使えないからな」


 苦笑とはいえ、久々にみやの笑った顔を見たよ。


奈々ななを男狂いにするってのも嘘だろう」


「……」


「ただ計画は本当にあった。俺が目覚める前に準備されていた事は変わらないからな。だがお前は結局やらなかったよ。それは前の世界の事で分かっている。目覚めた奈々ななに多少の違和感はあったが、それは知らない世界で舞い上がっているのかなと思える程度の差だったからな。それに関してはちゃんと礼を言っておかないとな。風見かざみの計画を止めてくれてありがとう」

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