第492話 今考えると複雑な関係だったんだな

 先輩と龍平りゅうへいか……。


「ずっと、敬一けいいち君は知っていると思っていたんだけど」


「恥ずかしながら、当時は知らなかったよ。俺は奈々ななしか見えていなかったからな」


 ほんのちょっとだけ顔を赤らめるが――、


「その割には随分とお楽しみですね……」


 あ、また目が死んだ。

 さっき許してくれるって言ったじゃないかーなんて言葉は、俺から言って良い言葉じゃない。

 とにかく彼女の中でもまだ完全には受け入れていないのだろう。


「でもそんな事より、お姉ちゃんはどうなったの?」


 ですよねー。

 全然誤魔化せていない。


龍平りゅうへい君と一緒に居たまでは聞いたんだけど、そこから先を話してくれていないよね? まさかと思うけど、龍平りゅうへい君と一緒になって敬一けいいち君と戦ったの?」


「いや、それはない。先輩と戦う事なんて無かったよ」


「じゃあまさか……」


「それもない! 先輩は無事だ。死んでなんかいない。そんな事、俺が許さない!」


 だけど日本に戻った時、先輩は死んでいた。もちろん奈々ななも。

 そうか、そうだな。だから奴を許せないんだ。例え俺が消え去ってでも奴を倒したいのは、結局はそれが理由なんだ。

 それに、それで良かった。代々のクロノスもそうだったはずだ。二人の仇さえ取れれば、他の事なんてどうでも良い事だった。

 自分の命はもちろん、あえて言ってしまえばあの時代の地球の命運すらも。


 けれど今はそうはいかない。

 この段階で決着を付ければ、全てを元に戻す事が出来る。

 召喚前に戻り、全てを忘れて元の生活に戻る事が出来るんだ。

 けど――元の生活か。

 今の俺は、龍平りゅうへいの気持ちもそうだが先輩の秘めていた想いも知ってしまった。

 全てを忘れてあの世界に戻って、確かに元通りだ。もう知る事もないかもしれない。

 でもそれって本当に……。


敬一けいいちくん」


「は、はい!」


「お姉ちゃんの事だけを話して」


 これはもう、誤魔化すのは無理だ。


奈々ななだけじゃなく先輩もこんな所には置いておけないと思い、奪取計画を行いました」


 気が付けば、俺は椅子の上で正座していた。


「それで?」


奈々ななを救出する事には失敗しましたが、先輩の方の計画は成功致しました。その後は俺が日本に戻されるまで、ずっと一緒に暮らしていました」


「そこでえっちしたの?」


「えっちしました」


 あ。





《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》





 だよねー。

 これは完全に失言だった。でも誤魔化せたとも思えない。

 とにかく一度戻ってきちんと話し合わないと。

 外れた世界からとにかく戻る――が、


《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》

《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》

《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》


 やーめーてー!

 というかカウンターは俺の意志では切れない。

 今こうしている時も、奈々ななも無傷じゃすまない。

 というかスキルそのものの攻撃だぞ!?

 何とか止めさせないと。


「な、奈々なな……」


 だが彼女は無傷だった。

 奈々ななにとって、あの程度のスキルは自身を傷つけるほどでもないって事か。

 こっちは完全に限界が近いんですけど。これで成長したらどうなるんだ!?

 昨日黒瀬川くろせがわとフランソワを抱いていなかったら、今頃はダークネスさんと同じところにいたかもしれん。

 それ程に強力だ。


 そしてその当人はというと、怒るでもなく、泣くでもなく、ただただ冷静に座っていた。


「実はな、奈々なな


「知ってた」


「え?」


「お姉ちゃんの気持ち、知ってた。だから一緒に暮らしたって聞いた時、もう分かってた」


 頭が混乱する。

 俺たちは、ずっと3人で仲良くやって来たじゃないか。

 なのに――、


「知っていたから、お姉ちゃんがいない時に告白したんだよ。敬一けいいち君が、比べない様に」


「それは無用な考えだ。たとえ先輩から先に告白されたとしても、俺は奈々ななを選んだ。その事には絶対の自信がある」


「でもお姉ちゃんに手を出したんだよね?」


「はい……」





《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》





 すぐさま衛兵や神殿関係者、それに修理屋がやって来て、俺たちは一つ下の階へと移動させられた。

 先端部分とはいえ、これ以上やって倒壊したら大惨事だからな。





「さっきのはまあ、八つ当たり」


『そんな酷い!』なんて言えないなあ。


「でも、きっとお姉ちゃんは幸せだったんだと思う」


 ああ、それは間違いない。

 あの時の先輩は、心底幸せそうだった。

 そもそもこちらの世界に来て、騙されて、とても口には出せないような散々な目に遭った。

 とてもそれは奈々ななには話せない。

 きっと知ってしまったら、まだ起きてもいない事なのに世界を恨んでしまうだろうから。


 ふとアルバトロスさんとの会話が頭をよぎる。

 今更確認するまでも無いだろう。彼は教官組の一人。

 そして、俺に焼き鳥を奢ってくれた人だ。

 彼もまた、この世界が好きなんだろう。

 嫌ってほしくもなかったんだろう。

 何も知らない当時の俺には、ただのたわごとにしか聞こえなかったけどな。


「そう思うと、なんか悔しいの」


「ごめん……」


「謝らなくてもいいよ。ちゃんと事情があったなんて、今更言われなくても分かる。それに日本じゃ絶対に成就しなかった想い。私だって……色々複雑な気持ちなんだよ」


 確かに。いや考えると物凄く傲慢で恥ずかしい考えなんだけど、とにかくそういうことなんだな。

 だからと言って、今度は自分を抱いてなんて奈々ななは言わなかった。

 ただ子供の頃の様に、一つのベッドで並んで一晩を過ごした。

 あの頃はせんべい布団だったし、それぞれの親が夜中には帰って来るから昼間から夕方くらいにかけてだったけどね。


 その晩は、沢山の事を話した。

 これまでの事はもちろん、今後の事も。

 情けない事に、奈々ななに慰められながら何度も泣いてしまった。


 奴とはこの時代で決着をつける。

 もうどこへも逃がしはしない。

 当然、地球にもいかせない。

 ただそのためには、先ず今の奴を知らなければどうにもならない事だ。


 もう日付けも変わって今日の夕刻頃か。

 いよいよ先輩や龍平りゅうへいが目覚める。

 もう前の失敗は繰り返さない……絶対に。

 その為にも、先に野暮用を済ませておかないとな。

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