第490話 龍平の話をしよう

 あの時の奈々ななをどう説明したものか。

 真実を言えば、冗談抜きに切腹しかねない。

 天然だけどお花畑ではない。俺への依存は強いが、それは一方的にもたれかかる関係じゃない。互いに支え合う関係だ。

 更には先輩から見た性格は一言で言えば“武士”。

 付き合っている身ではあるが、正直天然の武士とか超怖い。何をしでかすか分からないという意味で。

 そんな所まで含めて愛しているし、もちろん平和な世界では笑い話ですむ次元の話ではある。

 ……のだが、この世界は違う。

 それも有って、代々の俺は奈々ななの本体を封印したのかもしれない。


「ねえ、ねえ、ねえ」


 仕方がない。

 幸い真実を知る人間はいない。

 今から見れば未来の話だし、俺がクロノスだった時に話した人間も少数だ。

 ぱっと思いつくのは児玉こだまだが、風見かざみの様子からこっちの世界の彼女はもう召喚されて死んでいる。

 もう一人龍平りゅへいがいるが、まだ目覚めない所から考えるとあの時のままだろう。

 その辺りがどうなっているのか分からないが、うん、大丈夫。誤魔化せる。


「正直に言えば、俺たちはバラバラになった。あまり言いたくなかったが仕方がない」


「う……そんな事言われたら聞けなくなっちゃうじゃん」


 まあそういうとは思った。

 でもここでうやむやにしたら、絶対に後々まで引きずると思う。

 正直に話すのは難しいにしても、話して良い部分は話すべきか。


「俺が追放された後、奈々ななは監禁されていたような状況だったよ」


「監禁? あ、やっぱりスキルのせい?」


「その辺りはヨルエナから聞いたんだろ? 俺に関しても」


 でなければあんな簡単にブッパしない……よね?


「まあ……ね。これでスキルの使い方なんかは分かったけど、敬一けいいち君のスキルも聞いたよ。すごく特殊なんだってね」


 だからと言って、確認もせずにいきなり実践した所はさすが奈々ななだ。

 まあ、あの時点ではゲームの延長って意識だったみたいだしな。


「そんな訳で、奈々ななに自由は無かったんだ。俺の窮地きゅうちに関して何も出来なかった事に責任はないよ」


「うーん、納得できない。その時の私が今と同じ力を持っていたのなら、絶対に敬一けいいち君を一人になんてしないよ!」


 正確には一人では無かったわけですが、もう奈々ななの意識からは消えているな。

 むしろズルズルと引っ張られるよりありがたいが――、


奈々ななの力は大きすぎるからな。何の罪もない人々を巻き込んでまで暴れるわけにはいかなかったんだろう。それに先輩や龍平りゅへいの立場だってあるし」


「むー……そのお姉ちゃんと西山にしやま君は何をしていたの? 私が動けなくても、二人は動けたんじゃないの? 違うの?」


 困った。これをどう説明しろというんだ。


「……今、目を逸らした」


「色々あってな……ふと外の景色を見たくなったんだよ」


 そう言いながらわざとらしく窓を見る。

 これで誤魔化せただろうか?


「大丈夫だよ、敬一けいいち君。私たちは一心同体。未来を共に生きるって誓ったじゃない。どんなに苦しい話でも、ちゃんと聞くよ!」


 真っ直ぐ見つめる紳士な瞳。

 だめだ、全く誤魔化せていない。

 なら――話すしかないだろう。龍平りゅうへいに関しては。


「たとえ何が有っても、それは過去の事だ。いやまあこれから起きた事なんだが、色々変わったからもう起きない。だから、何を聞いてもわだかまりは無しにして欲しい」


「え……う、うん。分かった」


 相当重い話になる事は理解してくれたようだ。

 だけど聞かないという選択肢はないのね。まあ仕方ないか。


龍平りゅうへいは……敵になった」


「どうして!」


 バンッと机を叩いて立ち上がる。

 覚悟はしていたのだろうが、多分奈々ななの考えとは逆だったんだろうな。


「親友だったじゃない! 敬一けいいち君を助けるために何かあったとかじゃないの?」


「いや、完全に敵対したよ。あいつとは何度も戦ったんだ」


「……何でそうなったの? 追放されたから? ただそれだけの理由で?」


 まあ見事に言い当ててはいるんだけど、実際はもっと複雑なんだよな。

 だけど先輩の事は話せないし。


「当時は何も知らなかったからな。追放された事すらきちんと理解していなかった。ただそんなもんかと思っただけだったよ。だけどスキルが発動して、現実を知って、それで……俺も黙ってはいられなかったんだ」


「それで沢山の人と戦っただよね。私も言える立場じゃないけど、殺したら本当に死んじゃうんだよね? ゲームの世界じゃないんだよね?」


「その辺りは制御アイテムそれがある程度は教えてくれただろ。実際、奈々ななは誰も殺しちゃいない。だけどな――俺は大勢殺した。数えきれないくらい。視界が全部赤で染まる程に」


 忘れる事が出来ない記憶。召喚者だからとかじゃなくて、一人の人間として決して忘れてはいけない記憶だ。


「その後はさっき話した通りなんだが、地上に行って奈々ななや先輩や龍平りゅうへいと合流しようと思ったんだ。だけど出来なかった。それどころか、色々やっちゃってな。お尋ね者になったのさ」


 正確に言えば違うんだろう。俺への抹殺命令はあの時点で出ていたと考えて良い。

 でもまだごく一部。全ての召喚者に対して出ていたとは思えない。


 けれど変だな。目覚めてから今までの話。4人から聞いた内容と現実が、どうもきちんと整合しない。

 俺が大勢殺してしまったからか?

 それとも地上に出たからか?

 どっちも考えられるし、そうじゃないかもしれない。

 いや、もっと前の段階か。そもそもがおかしい。4人の話に何処か違いを感じる。

 クロノスが立てた計画……自分で言うのもどうかと思うが、おそらくきっちりと決められていたはずだ。

 なのに4人の意志が統一されていたとは思えない。

 みやがクロノスとなって変えたからだろうか?


「難しい顔をしてるよ。話したくないなら――」


「いや、違うよ。ちょっと気になる点があっただけさ。とにかく俺はお尋ね者。一方で、龍平りゅうへいは逆の立場だったからな。結局、仲良く合流とはいかなかった。お互い引くに引けなかったしな。何度も戦って……最後は俺が勝った」


「……殺しちゃったの?」


「いや、日本に帰した。俺が日本に戻った時には、ちゃんと戻っていたよ。奈々ななと先輩は――もういなかったけどな」


「そうなんだ……」

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