第488話 何とか穏便に話を進めるんだ

 結論の出ない疑問が頭の中をループする。

 意味が無い。無駄な時間だ。それになりより――、


「ごめんな、奈々なな奈々ななも分からないことだらけで不安だと思うのに」


「いいよ。いつもの事だもん」


 微笑む奈々は本当に可愛い。

 さっき2度俺を殺した事なんて、この笑顔の前には些細ささいな事だ。

 というか、俺が死なない事って……。


「なあ奈々なな、さっき結構容赦なかったよな」


「うん。なんか大丈夫かなって、これが教えてくれたの」


 まあ他の可能性は無いと思ったが、これとは奈々ななの制御アイテムだ。

 そういや俺は最初無かったし、手にした時はもう、便利ではあるが足かせでもだった。

 あまり気にしていなかったけど、そこまで分かるものだったのか。

 なんだかチュートリアルをすっ飛ばしてラスボスのダンジョンまで来てしまった感じだ。


「だけどちゃんと本気でやったんだよ? でもすぐに治ったから驚いちゃった。そんな所は本当にゲームみたいな世界なんだね」


 みやに撃ち込んだ奴か。俺を守るためだったとはいえ、容赦ねえ。

 しかしやっぱりというか当然というか、ゲームのような世界と説明されていたんだな。


「あれはもう特殊な域まで達しているからな。普通の人間だったら確実に死んでいたぞ」


「え……死ぬ?」


 軽く言ったつもりだったが、聞き手の反応は違う。

 おかしくはないかもしれない。平和な頃に言葉にした”死ぬ”と、この状態で俺が言う”死ぬ”とはまるで重みが違う。


 だけどあの戦闘……というか暴れただけだが、あれで死者は出なかった。

 ヨルエナに生身の人間を感じたのか、それとも彼女独特の勘か。とにかく人殺しにならなくて助かった。


「そうだな。俺も色々整理したい。少し話そう」


 先に今の状況を説明した方が良さそうだしな。


 奈々ななが姿勢を正す。目が輝いている。ようやく彼女が知りたかった話に期待している様子が分かる。

 決して面白い話ではないと思う。期待外れになるだろう。人殺しの俺をどう考えるか怖い。

 それでも、全てを話した。追放された事や、それが死を意味する事。それらも全部、先代の自分が決めた事などだ。


 ――奈々ななを寝取られた件は話さなかったけどな!

 それに他の女性との遍歴も伏せまくっていたのだが――、


「なんだか話が抜けている気がする」


 そりゃバレるか。


「これの大切さや無くすとどうなるかは分かったけど」


 来た!

 心臓がドクンと跳ねる。


敬一けいいち君は最初どうやってスキルの悪影響を克服したの? それに沢山スキルを使ったんだよね? そっちはどうやって?」


 瞳の輝きの奥に、有無を言わさない影が見える。

 これは誤魔化した方がマズいな。真実を告げるなら、5回くらい殺されるだけで済むだろう。


「スキルの影響は人次第でな。俺のスキルはハズレ。物事を外すスキルだ。使い方によっては本当にただのハズレスキルだが、逆に相当便利にも使える。ただ共通する点として、使っている内に俺はこの世界からも外れていくんだ」


「地球に帰るって事?」


「違うよ。この世界の何処にもいない。だけど存在する。影法師のような存在だな。そんな状態になって、記憶も自我も失ってただ彷徨さまよい続けることになる」


「……酷い」


「その点は奈々ななのスキルも別の意味で大変だ。聞いた?」


「ううん。ただあまり使わない様にって。でもその時にはもう敬一けいいち君の苦しそうな声がしたから」


 みやにボコられた時だな。分厚い扉2つに廊下もあるけど、まあアレだけ騒げば聞こえるか。

 それであんなに不安そうにヨルエナがくっついていたんだな。


奈々ななのスキルは人間が使うには強大すぎる」


「そこは聞いたよ」


「ああ。だから全力でスキルを使えば奈々なな自身が耐えられない。話によると、死んでしまうらしい」


「それは……嫌だな」


 奈々ななは神妙な面持ちだが、


「だけどさっきみたいに少しずつ使う分には、スキルの悪影響は少ないみたいだ。全体として強すぎる分、逆に力をかなりセーブしても戦える。そう言った意味ではちょっとうらやましいかな。ははは」


 しまった!

 はははじゃねーよ。話を一周させてどうする!


「そっかー。強い分、小出しにすれば良いんだね。それで敬一けいいち君はどうなの? さっきの話だと私とは違うみたいだけど」


「お、俺の場合はね……」


 嫌な汗が出る。ハンカチとかあったら、探偵に追い詰められている犯人の様に汗を拭きまくっていただろう」


「女性の肌に……ゴニョゴニョ」


「ん? 聞こえないよ」


 嘘だ!

 だけどタイミング的に真実を聞いた時間は無い。

 悪気はないと思うが、なんか迫力が怖い。


「女性と肌を合わせる事で、悪影響を解消できます!」


「他に手段は?」


「ありません!」


「ふう……」


 奈々ななは呆れた様だが、ここまでの事やスキルを使った体験を考えているんだろう」


「最初はどうしたの?」


「とある理由で知り合った二人の女性がいてね……」


「さっきの黒瀬川くろせがわって人? 抱いたの?」


「いや、彼女との関係はその頃は無かったよ」


「その頃は?」


「いや、とにかく正直に言うが、別の人を抱いた。でも待ってくれ。そうしなければ俺の精神はもう耐えられなかったんだ」


 さすがに原因は奈々ななの事とは言えんが。


「そっか……それが敬一けいいち君のスキルの難点なんだね」


奈々なな……」


「それで、他には?」


「ま、まだ二人いるんだけど……」


 は、話を変えなければ。

 だけど”それより”なんて軽視するような切り替えはダメだ。言葉は慎重に選べ!


「ただ俺にはラーセットで居られる時間には限りがあった。だからそこまでだ」


「時間に限り?」


 よし!

 そして俺は急に日本に戻り、奈々ななや先輩の死を知った話をした。

 これには奈々ななも相当驚いたようで、他の女性の話はすっ飛んだ。セーフだ。俺は生きた!


 そして地球が滅びに瀕した時、俺が再びラーセットへと召喚される。しかしそこは過去の世界。

 そこでクロノスとなった俺は、この世界の脅威であり地球を滅ぼした宿敵を倒す為に手を尽くすことになる。

 もう何度も何度も沢山の人に話した内容を話した。

 ――が、最初につまづいた。


「そんなに強い相手と制御アイテムが壊れるまで戦ったんだよね?」


「ああ。それでも敵の本体には届かなかった。それどころか出会う事すら出来なかったよ。当時の俺はそれなりに強かったと思うが、世界を滅ぼすと言われ、実際に地球を滅ぼした相手には全く足りなかったんだ」


 そう考えれば、日本に戻す事すら出来ず、奴を倒して繋がる事も出来なかった先代たちが奴をどうにか出来たわけもないか。

 悩み悩み、様々な手段を模索し、結局最後は奈々ななに頼ったんだ。

 ……と、普通ならこっちの話になる。だけど、


「その時はどうやって悪影響を解消したの? 長い戦いになったんでしょ?」


 そっちに食いついたか。

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