第486話 何がどうなっているんだ

 レーザーのような雷を放った奈々ななが、堂々と部屋に入ってくる。

 後ろにはヨルエナが付いているが、もうあたふたオロオロ。何とか奈々ななを止めようとしている様だが、怖くて触る事も出来ないといった雰囲気だ。もう今にも泣きだしそうに見える。

 とても俺と敵対していた頃の彼女と同一人物とは思えない。

 この世界に再び召喚された時の態度。そしてあの言葉。

 もしかしたら、以前は相当無理をして演技していたのではないだろうか?

 となると、アレが素か。

 まあ、塔を破壊した時は地だと思うけどね。


「なんだか敬一けいいち君が危ないって気がしたんだけど……あれ? うーん、何だろう?」


 そう言いながら、顎に手を当てて首をかしげている。

 おいおい。たった今、一人の人間に風穴を開けて黒焦げにしたばかりだぞ。すぐに治ったけど。

 なんか――いや、奈々ななは本来こういう性格だ。


 のほほんとして笑顔が可愛い。いつも元気で友達も多い。但し女性に対してのみだ。

 男に対しては有象無象を見る様に冷たい。表には出さないけどね。

 原因は俺が嫉妬の炎で焼かれ続けていたのを見てきたからだ。その点、先輩が目当てだったとはいえ龍平りゅうへいは上手かったな。

 ただその前から、結構直情的で思い込んだら突っ走る性格ではあった。そして目的以外はまるで眼中にない。

 絶対に車の運転をさせちゃいけないタイプではある。そんなところも好きなんだが。

 まあそんな訳で、スキルが使えるようになったから使った。そしてみやの事など生きていても死んでいても眼中にないのだろう。


 とはいえ相手は人間。それがここまでドライだという事は、既に説明を受けているという事か?

 スキルの事も考えれば、目覚めたのはかなり前……な訳があるか。

 状況から考えて、さっきはまだ目覚める前だ。それに時間もまだ1日残っている。

 本能か? そう言われても納得してしまう所が怖い。

 けどこれも変だな。みやの言った計画もおかしいが、あの時だって奈々ななは俺と一緒に目覚めたはずだ。


「なんだか縮んでる? 敬一けいいちくん、今と全然違ったよね? それにそこの人、確か風見かざみさん?」


「どう言う事よ!」


 たった今、みやを炭にされた風見がこちらを睨むが、俺だってさっぱりだよ。

 理解がまるで追いつかない。どう言う事だ?

 奈々ななが何を言っているのか全く分からない。


「ねえどうしたの? ちゃんと話して」


 そういって無造作に歩み寄って来る。

 近づくにつれて感じる奈々の呼吸、体温、香り。なんかもう色々とたまらない。

 涙があふれそうになるのを外す。余計な心臓の動悸も、今は浸っちゃいけない感情も全部。


「ああ。ちゃんと話さなくちゃだな。でも、何処から話していいんだろう」


 外しても、外しても止まらない。思考が纏まらない。

 と、とにかく……。


「紹介するよ。彼女がヨルエナ。もう聞いているかな? それとあちらが風見絵里奈かざみえりな。えっと、もう知っているんだっけ?」


「うん」


 自分でも超挙動不審なのが分かる。だけどもう止まらない。


「それであっちが宮神明みやしんめい緑川陽みどりかわよう


「うんうん」


 俺は馬鹿か―!

 たった今、風穴を開けて黒焦げにした人間の紹介をしてどうする!

 というよりどうしてそこまで平然としているの?

 なんか興味が他の所にある様な気がするぞ。


「それで彼女が黒瀬川真理くろせがわまりだ」


「ねえ」


「なんだい?」


「どうして敬一けいいちくんとあの人から、同じ香りがするの?」


 それはフランソワの香水の香りだよ、なんて口が裂けても言えませんね、はい。





《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》





 天から俺を貫いた光の柱は、幸いにも地下にまでは到達しなかったと後で聞いた。


「この位なら丈夫だよね?」


 床に空いた1メートルほどの穴。その横からこっそりと登場する。

 ニッコリと微笑んでいる奈々なな。この笑顔のために頑張って来たんだけど、これは何か違う。





《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》





 ですよねー。

 その後、慌ててヨルエナが奈々ななを止めた事で何とか場は収まった。

 ありがとうヨルエナ。君の勇気に乾杯だ。昔の事は、この一点だけで全部許そう。


 そして、俺の追放の件もうやむやとなったのであった。

 そりゃそうだ。肝心の奈々なながもう動き出して、しかもスキルまで使ったんだ。

 もう計画の全ては水泡に帰し、無力感に打ちのめされたみや風見かざみに連れられて出ていった。


 さて、俺はというと――。





 ◇     △     ◇





 神殿庁のほぼ最高層。街や壁が見渡せる小さな部屋に、俺と奈々ななは案内された。

 他には誰もいない。二人っきりだ。

 ”どうぞごゆっくり”と言う感じの怪しい微笑みを残して黒瀬川くろせがわは退散したが、無理です。

 むしろこのビルから全員避難させたいわ。


 ただ2回の攻撃で死者は一人も出ていなかった。

 ここは24時間信者がいるし、高さと密度から考えれば誰も巻き込まれなかったのは奇跡だ。

 これが奇跡ではないとすると……、


 ちらりと奈々ななを見ると、今はゆっくりとお茶を飲んでいるところだった。

 微笑んではいるが、目が笑っていない。

 危険すぎる。


 と、とにかく、彼女は既に自分の意志でスキルを発動している。

 尚且なおかつスキルによるものか、それとも野生の勘か、とにかく自分の意志で無関係な人間を避けた。

 ただ彼女のスキルを全力で放った時にどうなるかはもう全員聞いている。

 それに目覚めたばかりで――使えること自体がおかしいが――あれだけのスキルを使ったのでヨルエナが慌てて仲裁してくれたのだ。


「ラーセットかー……やっぱり、本当に別の世界なんだね」


 窓を見ながら言ったその言葉には、色々と複雑な感情が含まれていた。

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