第485話 本気だとここまで強いか

 その瞬間、雷光が走った。

 いや違う、これは――、

 考えるより先にスキルが発動し、俺の体はハズレていた。

 目に映るどころか、影すら見せない不規則な瞬動。光のような残像の軌道。それまるで、本当の稲妻だ。

 これが本気のみやか。

 そんな事を考えるより先に、俺の四肢は弾け飛んでいた。


「おいおい」


 だがそんな惨状を見ても、緑川みどりかわは余裕な表情だ。黒瀬川くろせがわもだな。

 だけど風見かざみは複雑な表情だ。それはそうだろう。


 俺は新しい体にすると――、


「それでどうするつもりだったんだ? 俺はかつての俺じゃない。仮に四肢をいであの黒い穴に放り込んだところで、すぐに無傷になって戻って来るだけだ。そんな事も理解できなくなっているのか」


 まあ制御アイテムが無いのであまりやられると困るんだけどね。

 先にこっそりヨルエナに貰っておけばよかったが、黒瀬川くろせがわもフランソワも離してくれなかったのだから仕方がない。


「ならば何度でもやるまでだ。俺はクロノスだ! 必ず計画を成し遂げる! 邪魔者は消えろ!」


 再び走る雷光。

 全くついていけないが、そうそうやられる俺ではないよ。

 こんなもの――あれ?

 再び千切れ飛ぶ俺の手足。あーあ。なんかこういうのを見るのは気分の良い物ではないな。

 つかそんな事より、カウンターの手ごたえはあった。スキル自体で攻撃しているわけではないから効果は薄いが、それでもこれだけの力だ。龍平りゅうへいの様になったっておかしくはない。


 だがこの感触は……あ、納得。

 床に散らばる金属片。使ったのは武器か。

 確かに手に持っている以上は多少の衝撃はあるだろうが、その程度。

 どこに収納しているのかは分からないが、壊れた武器も収納しているのだろう。相変わらず几帳面な奴だ。

 だけど初めてクロノスとしてみやと戦った時には素手だった。

 やっぱり全員が俺のスキルを知っている。

 だけどその点は納得できる。何十年も共に強敵と戦い続けてきたのなら、互いの手の内は知っていて当然だ。

 普通はこんな状況になるなんて考えないし。

 だがわざわざそんな事をするって事は、それだけの理性は残っているって訳か。


風見かざみ黒瀬川くろせがわ緑川みどりかわ。もし俺が、ここでみやを倒したらどうする?」


「今回召還した人間は、いつでも殺せるようになっているわ。そんな事をしたら、貴方は死ななくても他の人たちはどうなるかしらね」 


 そんなそぶりをしたら、俺は風見かざみも葬らなきゃいけないのか。

 というか、ずっとスキルが発動されっぱなしだ。

 彼女のスキルはコピー。この状況で発動するようなものじゃない。ブラフでなければ、俺の知らない使い方があると考えてよさそうだな。

 そう考えると奈々ななたちが危ない。


「あー、そういう事なら俺は今回は中立に回るわ。力づくを否定する気はねえが、目覚めてもいない奴には逆らう選択肢すら無いからな」


「ウチはそうですなあ……ここまでの付き合いを考えればクロノスに味方したいところですわ」


 おーい。


「ですが、昨夜久々に肌を合わせましてなあ。なんだか希望ってものが、心のどこかにしまってあったのを感じましたわ」


 そういってお腹の当たりに手をやる。

 やめて、そういう誤解を招く行為。いや誤解じゃない点もあるけどとにかくやめて。


「そんな訳で、風見かざみさんの予定は失敗ですわ。昨日もう1人こちらにいた事、知らないはずもあるますまい」


「彼女はクロノスには逆らわないわ」


「そう、誰に逆らわないか……知っておいででしょう」


 大体分かった。コピーされているのはフランソワの爆薬だ。

 そのものなのか、あの時作ったパンジャンドラムとか言うやつなのか。

 その辺は分からないが、風見かざみはそれをコピーしてあっちの召喚の間に置いてあるわけか。

 本物でなくコピーなのは、暴発しそうになったら消せるからだと好意的に考えておこう。

 だけどあの様子なら、もう黒瀬川くろせがわが手を打ってありそうだな。

 こうなる事は最初から予想済みって訳か。

 ここは素直に感謝。まあ高い借りになりそうだが。


「それがどうした!」


「ちっ!」


 考えている余裕もない。

 3度目となる飛んでいく四肢。

 同じ攻撃をここまで無策でくらったのは初めてだ。

 まあ大抵ダメだと思ったら逃げていたからな。


 だけどここでの逃走はダメだ。

 その場合緑川みどりかわは多分みやには逆らわない。

 あいつも複雑な立場だろうが、その辺りは分かる。

 俺とクロノスが対等でない限り、中立は脆くも崩れ去る。

 そうなれば、黒瀬川くろせがわも立場を変えねばなるまい。


「観念しろ!」


 走る4度目の雷光。

 今度は予想して反撃を試みたが、その攻撃は虚しく空を切るだけだった。

 無理だろ、あれ。早すぎるわ。

 もう転がった俺の抜け殻は4体分。バラバラな分、見た目も酷い。

 ある意味こうなると、制御アイテムが無かった事は良かったかもしれない。我慢比べが出来るからな。

 問題は、みやがどれだけスキルを使い続けられるかだ。


「こう考えているな。持久戦になると。俺のスキルは何処まで使えるかと。俺には俺が考えている事くらい全てわかるからな」


 本当に俺だと思っていた時なら説得力があるが、今の状態で言われても説得力の欠片もない。

 むしろ気持ち悪いだけだ。


「けれど、それは無駄だな。俺は後百回でも続けることが出来る。若い俺が、いつまで耐えられるかな!?」


 確かに連発できるならこちらが不利だ。

 前回はこちらの力量も確かめず“脅し”程度だったが、今回は本気だ。

 というより、これ半分本気で殺しに来ているんじゃないのか?

 さっさと降参した方が良いのだろうが、奈々ななの事を考えたら出来るわけがない。


「そら、行くぞ! これも修行だと思え!」


「冗談じゃない!」


 という気合も虚しくまたもやアウト。

 ダメだ、俺のスキルは本当に実戦には向いていない。

 それでも龍平りゅうへいらと戦いになっても何とかなったのは、相手が素手やスキルで攻撃して来たからだ。

 フランソワとやり合った時の様に単純な武器が相手では、外した力を返してもそれは武器に行くだけだ。

 みやの武器も攻撃するたびに壊れていると思うが、俺の知る限りでも1トンは入る様なポーチがあったからな。

 クロノスという最高位に居たのなら、武器の数は無尽蔵と考えて良さそうだ。

 ……やっぱり勝ち目ないじゃん。


「さて、まだ続けるか? なら行くぞ!」


 どうにもならねえ……。


 だがその時、唯一の扉が溶けて弾けると同時に、レーザーのような一直線の電撃がみやを撃ち抜いた。

 撃ち抜かれたみやの腹には大穴が開き、残った肉体は一瞬にして黒焦げに変わる。

 あまりの事に全員声も出せない中、みやはガランと、とても肉体が出すとは思えない音と共に床へと転がった。

 だがまだ生きている。というより、かなりの速度で再生していく。

 薬か? まあそんな事はどうでも良い。

 それよりも、破壊された扉の先――そこには見間違えるはずもない人物――奈々ななが手をこちらに向けて立っていた。

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