第484話 あの時とは違う事が起きているな

「俺としては、一度追放されてこっそり戻ってこようと思っていたんだよ。それが一番平和的な解決だと思ってな」


「そうしてくれるとありがたかったわね」


「けど奈々ななをどうするか聞いて、俺がここを離れるとでも? お前達、以前のクロノスを見てそう思ったのか?」


 追放や奈々ななをコピーしての神罰まではクロノスの計画だった。それは間違いないだろう。

 俺が知らない程、悠久の時を経て自分が出した結論だ。今更文句も言うまい。

 だけど状況は、もうその計画を立てた時とは違う。そして何より、千年経とうが万年経とうが、奈々ななに対してその様な仕打ちをする事を俺は決して許さない。


「それよりも緑川みどりかわ、お前は知っていたな」


「まあ当然知ってはいましたがね。ただ計画が凍結した以上、言う必要は無いと思ったんですよ。こうなる事はわかっていましたからね」


 それは納得するわ。俺の事を知っていれば、決して口にできる内容じゃない。

 しかしそれだけに――、


「もう宮神明みやしんめいは、正常じゃないんだな」


「彼をこうしたのは貴方でしょう!」


「知らない俺だ」


 今自分でも酷い事を言ったなと思ったが、他に言いようがない。

 みやが召喚されてからどんなことがあったのか、俺は正確には何一つ知らない。

 昨夜少しは聞いたが、一晩で聞けるほど百年という歳月は短くはないし。それに黒瀬川くろせがわからは、まだ何か隠している様子を感じたな。

 それに何と言うか……今の状況は妙だ。

 とは言っても、このままでは完全に千日手だ。


「まだ時間はあるな」


「何の時間よ」


「新しい塔を作る時間だよ」


 すまん、フランソワ、一ツ橋ひとつばし。最初の方からレクチャーして一緒に作りたかったが、もうそんな余裕はなさそうだ。


「……それで、クロノスを送り返すという訳ですか」


「クロノスに限った話ではないが、今のクロノスをこれ以上、こんな状態のまま放置はできない。医者としても、人間としても、俺としてもな。それに、俺は以前にも心が壊れてしまった人間を送り返したことがある」


「それがどうしたの。再び召喚できたのは里莉さとりだけなんでしょ? まさか里莉さとりがそうなったっていうの!?」


「話は最後まで聞け。俺がまだ成瀬敬一なるせけいいちだった頃の話だよ。こちらに戻って来る前の、お前達の――いや、先代の計画通りに追放された俺の話だ」


「そんな頃にはもう出来たってのかよ。ちょっと信じられないが――」


「嘘じゃなさそうね」


 こういう時、風見かざみは便利。


「その後に俺はクロノスによって地球に戻されたが、そこにいたよ、そいつが」


「どんな状態だったんだ?」


「いたって普通だよ。お互いラーセットの事は忘れていたが、色々と世話になった。もともと友人でね。変化があればすぐに気が付く。精神状態も安定していたよ。ついでに言うと、実はそいつも召喚したんだ。だから日本に戻ってラーセットに召喚されたのは、正確には2人なんだよ」


「どうして最初から言わなかったのか気になりますなあ」


「そいつが俺と同じ、滅亡する地球から召喚されてきたからだよ。ちょっとイレギュラーすぎてな、話はもう少し落ち着いてからでいいと思ったんだ」


「その時はどうでした?」


「何も変わっていなかったよ。互いに十数年を経た友人のままだ。最初の内はしばらく記憶喪失だったんだが、まあこの辺りは長い話になる」


「なら、問題はなさそうだな。嘘は言っていないんだろ?」


「……ええ、そうね」


「そんな訳で、クロノスを日本へ帰す。だけどなあ……」


 向こうは再び臨戦態勢だ。どう見ても素直に帰りそうにはないよな。

 だったら話は早い。こいつを殺す。

 正確には死んだ状態にするだな。まあ状況としては一緒だけど。

 ただフランソワ達が改良した塔の力を使えば、どれだけ力を付けていようが関係ない。抵抗しても無駄というか、もう抵抗自体が出来ない。そのまま日本へ直行だ。


 一番の問題は、その為の時間だな。

 逃げる事は容易いが、それは追放される事と何も変わらない。

 当然、新しい塔が完成するまではこいつを大人しくさせておく必要があるわけだが……。


「考えは分かったわ。だけどそれを素直に認めるとでも?」


「認めるも認めないもない。先代のクロノスの立てた計画は全て凍結――じゃないな、撤回だ。今後は俺がクロノスとなる。俺からすればやる事に変わりは無い。奴を倒し、ここも、地球も、両方救って見せる。難易度は異常なほどに跳ね上がったがな」


「それは良いでしょうが、失敗した時の保険がありませんなあ」


「俺達も奴の強さは知っているからな。信じたい気持ちはあるが、だからと言ってこれまでの話だけじゃあ確証がないのも事実だ。俺たちの百年も、そんなに軽くはないんでね。ここは折半しないか?」


「折半?」


「アンタには制御アイテムを渡す。追放……の必要は無いな。素直に召喚されなかった事にして、先代の元へ行ってもらう。水城奈々みなしろななに関しては心配するな。心なんて壊さなくたって、俺は封印出来る」


「でもそれじゃあ解除するたびにコピーも石化も効かなくなってくるわよ。コピーの維持すら難しくなるわ。時間制限は相当厳しくなると思うけどどうするの? やっぱり心は壊しておいた方が良いでしょ。余計な成長をさせないためにもね」


 同じ女の言葉とは思えないぞ、風見かざみ


「この分は成瀬こいつが来た事で相殺か、それ以上の利益があるはずだ。今ここでやり合った所で互いに何の得もないだろう」


 交渉としては悪くはない。

 奈々ななの事は心配だし、どっちにしろ奈々ななのコピーは隔離されてごう辺りがあてがわれるのだろう。

 あの姿を改めて見るのは辛いが、今この場で争って全部を無に帰すよりもマシじゃないのか?

 少なくとも、本物の奈々は絶対に安全だ。どうせ神罰など使わせないし、仮に使う時が来るとしたら、それは俺がもうダークネスさんのような状態になっているって事だしな。

 次の俺に託すさ。


「俺を無視して話を進めているようだが、俺の意思も計画も変わらない。それが俺の生きる意味であり、使命だからだ!」


「安心しろ、それももう終わりだ。お前がクロノスである時間は終わったんだ」


 その瞬間、雷光が走った。

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