【 目覚め 】

第483話 さすがに4人相手は無理だぞ

 クロノスに止められて、ヨルエナの動きがぴたりと止まる。

 キョロキョロするばかりで、どうしたらいいかもわかっていない様だ。

 クロノスがダークネスさんからみやに代替わりしたなんて伝えられているとは思わないしな。認識阻害をされたら、見分けなんてつかないだろう。

 ただ成瀬敬一なるせけいいちという人物がクロノスであるという事を伝えてあったのは間違いないだろう。伝承にある特徴がといか言っていたし。

 ならそれを教えたのは先代。それも俺がいつ召喚されてもいいように、最初の神官長――ミーネルにはもう伝えてあったのだろう。

 ただこの状況はさすがに……。


「ちょっと待てよお前。まだそんな事を言っているのか?」


「これは最初からの計画だ。お前に制御アイテムは渡さない。追放だ。そのまま迷宮ダンジョンへ行って貰う」


「あの穴から落としてか」


「その程度で俺は死なんよ」


 本気でむかつく。


「今の俺の状況を見て、未だにその計画が必要だと信じているのか?」


「ああ信じているさ。俺はその為にお前を召喚したんだ」


 おかしい。最初から変だとは思っていたが、緑川みどりかわ黒瀬川くろせがわもそうだが風見かざみまで困った顔をしている。

 もしかしたら――いや確実に、宮神明みやしんめいという人間の心はとっくに壊れてしまっている。

 それはスキルを使いすぎたのか、この世界に長くいすぎて記憶の混濁に耐えられなかったのか……それともクロノスという責務の重さに潰されてしまったのか。

 案外、全ての重複か。

 今までずっと宮神明みやしんめいという人物でありながら、同時にクロノスでもあり続けなければならなかった。

 それに関しては、少しは同情するな。

 追放されてからの事を考えれば、髪の毛一本分ほどだが。


 でもそれでも、イェルクリオの首都ハスマタンで対峙した時にはまともに感じた。

 近くにいた俺の気配を感じ取っていたからか?

 この計画の大元は先代の俺だ。その指示をここまで忠実に守ろうとするのだから、それはあり得る。

 だけどそれなら俺の言葉にも従って欲しいものだ。


「まるで話にならないな。もう追放する必要はないんだ。代々のクロノスの悲願は果たされた。何回もループして、様々な試行錯誤をして、その結果がその計画だろう。だけどもうそれは終わったんだよ。実行した。そして成功したんだ。だから今、俺はここにいる。これからは、その先を考える段階だ」


「そんな言葉で惑わそうとしてもダメだ。もう計画は止まらない。その遂行こそが悲願!」


 もう黙らせろと風見かざみに目くばせする。

 こいつが分からないはずは無いのだが、やったことはただ目を逸らしただけだ。

 無理だという訳か。

 仕方がない。馬鹿々々しいが、あの穴に入ってやろう。

 どうせ確かに死なないし、皆が目覚めたら二人降って来る。

 彼らを本当の意味で日本へ返したら、地上に戻ってヨルエナから制御アイテムを貰えばいい。


 それと新しい塔も作らないとな。

 改めてフランソワにも挨拶して……そうだ、一ツ橋健哉ひとつばしけんやにも会わないとな。

 なにせ塔の改良は二人の功績だ。

 ゼロから作らせてあげたいが、さすがにそれにはかなりの年月がかかる。

 先ずは説明しながら俺が作ろう。

 その後はあの二人なら、自力で更に高性能な塔を作ってくれるだろう。

 うん、そうしよう。それが一番平和的な解決だ。


 俺の考えを読んだのだろう。風見かざみが深々と礼をする。

 さっきは児玉里莉こだまさとりへの未練がありそうだったが、やっぱりみやと相当に深い関係なんだな。

 さて、これ以上揉める前にさっさと退散――、


水城奈々みなしろななに関しても安心しろ。男の体だけを求め、従順に従うようにしっかりと心は壊してやる。あれだけの体だ。抱きたい奴は幾らでもいる。例え途中で目覚めても、まだ人間とさほど変わらない。薬もアイテムも効くからな。神罰用に使い捨てても良心の呵責を感じる事もなくなる。どうせ男狂いの従順な肉人形をコピーしただけの――」


 その瞬間、考えるより先にクロノスの前まで飛んだ。

 生かしてはおけない。特にそう考えたわけではない。ただ心が――本能がそうさせたんだ。

 渾身の右ストレートを頭に叩き込む。

 演説の最中だった奴に避ける術はない――が、殴ったはずの俺の右腕が、衝撃に耐えかねて骨ごと潰れる。

 なんだ!? これは間に何かある。空気の壁――スキルか?

 しかし俺の攻撃をスキルなんかでどうにかしようなんかしたら――、


「ぐはっ」


 緑川みどりかわの胸元がべコリと凹み、全ての穴から盛大に血が噴き出している。

 何処からどう見ても致命傷だが、まるで最高級の薬を使ったかのように見る間に傷が戻っていく。


「さすがに――こいつは慣れねえな」


「その口ぶりだと、初めてって訳ではなさそうだな」


 クロノスを庇ったのは理解できる。

 だがカウンターを受けることを理解している点は不可解だな。見たってレベルでなく、間違いなく体験している。

 というか、知っていてよくもまあって感じだ。

 回復に絶対の自信でもあったのだろうか。

 だがそんな事は関係ない。


「邪魔をするのなら、誰一人として生かしてはおかない。ヨルエナ、お前は部屋から出ていろ」


「は、はい!」


 飛び跳ねるような勢いで、脱兎のごとく出て行った。

 部屋の空気は最悪だ。現地人の彼女としては、もう一刻も早く逃げたかったに違いない。


「その必要は無いでしょうが……ウチらに敬一けいいちさんをどうこうはできません。まあ、素直に殺される気もありはしませんが――」


 そういって、いつもよりも大量の煙を吐き出す。

 それは部屋全体に充満し、足首が埋まる程にゆっくりと降りてくる。


「邪魔をしなければ、お前達に手は出さんよ」


「邪魔しなければ、クロノスは死ぬという事でしょう?」


 見れば全員が臨戦態勢だ。全員の瞳にスキルの紋章が浮かび上がっている。

 スキルを考えれば負けることは無いだろう……と言いたいが、こいつらだってベテラン中のベテラン。

 昨夜黒瀬川くろせがわから寝物語に聞いたが、黒瀬川くろせがわ緑川みどりかわ風見かざみの3人が百年オーバー。クロノスであるみやは98年だったか。

 俺の時代にも、そこまで育った召喚者はいなかった。

 一度こっちのみやと戦って勝ってはいるが、あれはどう見ても俺を殺す気ではなかったしな。スキルもちょこっと発動しただけだ。今の状態とは比較にもならないか。

 それに何より、俺の経験が伝えてくる――この状況は危険すぎると。

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