第481話 時間の流れ

 それにしても――、


「その後は多すぎなんじゃないのか?」


「全ては目的を果たすために必要だった。最悪の結果は失敗だ。これは犠牲が出たからといって、途中で諦めて良い戦いじゃない」


 確かにそれは認めるよ。同じ人間どころか、精神構造から何から何までまるで違う存在だ。

 話が通じない時点で共存は有り得ない。奴にとって人間を含めた全ての生物は食料であり、しかも放置すればこちらも地球も、両方を滅ぼす存在だ。

 休戦は有り得ないし、降伏はすなわち死でしかない。


「だがそれでも、やり方というものがあるだろう」


「十分に考えた結果よ。クロノスを責めないで」


「考えた結果が今の無法状態か!」


 だめだ、こいつら1発ずつぶん殴らないと気がすまなくなってきた。

 奈々ななの事はうすうす見当が付いていた。俺の時代に召喚された時にな。

 理由までは分からなかったが、本当の俺ならちゃんと考えた結果だと自分を納得させた。

 あの時の奈々なな風見かざみが作ったコピーとすれば、召喚された時に感じた彼女への違和感も理解できるわけだし。


 だけど先輩の件は別だ。あの一件は、俺では絶対に放置できない。あんな暴虐非道な行為、をやらせなどしないようにルールを固めるし、それでもやったなら関係者は全員処罰する。

 だからずっと謎だった。俺はどうしてしまったのだろうか。無限ともいえる時間を持つはずの召喚者でも、やはり精神を維持できるのは百年が精々なのかとも思った。

 だけど今は完全に納得したよ。

 確かに真面目で立派なやつだ。それに相当な古株ときている。先代の俺が後を託したとしても間違いはない。

 だけどこいつには荷が重すぎたんだ。

 そう考えた時、突然肩を掴まれた。緑川みどりかわか。


「俺は先代の事を尊敬しているし、返し切れないほどの恩もある。だからアンタの事も同様に尊敬できる人間だと知っている……だからそれ以上はダメだ」


 気が付けば、一歩前進していた。

 突然掴まれたのではなく、俺を止めたのか。


「すまないな。少し頭を冷やそう」





 □     〇     □





「それで、さっきの話に戻っていいかしら? 生きて戻した召喚者がもう一度召喚された話よ」


「ああ、構わないよ」


 同じ学校で一緒に召喚されてきた風見絵里奈かざみえりな児玉里莉こだまさとり。こちらの世界でも同時に召喚されてきたかどうかは分からないが、やっぱりそういった関係になったのだろうか?

 それとも、そもそも向こうにいる時からそうだったのだろうか?

 いつも一緒にいたしな。

 ……ってそういえば、こっちで教官組をやっている三浦凪みうらなぎも同じ釜石第2高校の出身者か。

 その点はどうなっているのか聞いてみたいが、こっちの風見かざみは向こうよりも扱いづらそうだしなあ。


「たださっきも言った通り」


「さっきと言っても昨日でありますが」


「そのツッコミはもう良い。千回は聞いたよ」


「まあ、ウチら召喚者の常套句のようなものですからなあ」


 黒瀬川くろせがわは楽しそうだ。なんだか昔を思い出すな。

 やっぱりこっちが素なんだろう。


「とにかく、帰っても向こうでは時間は停止中だ。それとおそらくだが、召喚される人間には何かしらのルールがある」


 もっとも、2千人近く召喚したと聞いてその言葉の自信も揺らいでいるが。


「だから戻った児玉こだまは、また召喚される可能性が十分にあった。あの時が正にそれだな。日本の時間が動き出す前に、またラーセットに来たわけだ」


「他にはどうなの? そちらも少ないとはいえ249人は召喚したんでしょ? その中に、死んだ人間はいなかった?」


「そんな都合のいいことは無いよ。死んだらお終いだ。魂に自力で帰る力はない。お前たちは実際に体験していないが、日本に戻ると大量死のニュースで大騒ぎになっているんだよ」


「確かに体験はしていないが、する気も無いな」


 そりゃそうか。

 考えてみれば、あの時は日本人だけでも一千万人以上の犠牲者が出ていたな。

 実際にはあと3年はあるが、奴はもう相当数を召喚しているって事か。


「でもそれって変じゃない?」


「変と言われてもそれが現実だ。確かにシュレティンガーの猫といえばそれまでかもしれないが、もうこっちで死は観測しているんだ。本当に今更な話だ。大体、死者を何度も呼び出せるなら苦労なんて……」


 なんだ、この妙な感覚は?

 だけどまあいいか。気にしても仕方がない。

 余裕がある時にでも考えよう。


「確かに先代さんはぐるぐると時のループに捕らわれておりましたな。昔のラーセットに呼び出され――」


「俺はクロノスとして奴を撃退した後、新たな俺を召喚するんだ」


 あー、この辺りは本当に俺が言っている感じがするな。

 というか、俺がそう言っていたんだろう。


「それで成瀬敬一なるせけいいちが日本に戻ると大量死のニュースが流れていて、そんで地球に奴がいるんだよな。そうしているうちにまた戻ると。風見かざみ、何かおかしいか?」


「初めて聞いた時からずっとよ。その話で、流れている時間は何処?」


 妙な事を言う。

 歴史の起点という意味では、奴がラーセットを襲った時だ。

 その時点までの歴史は一本の線で、何一つ変わらないし変わる外因もない。

 その点が今の歴史遡行に踏み切った理由だ。


 なにせ、どれほどやり直したとしても、ラーセットが襲われたところからしか歴史は分岐しない。

 この国を救いたければ、永遠に撃退する所から始めるしかないわけだ。

 こうして、そこから歴史は無数に枝分かれしていく。ループごとにな。

 今までは、それは同時に地球を救う事にも直結していた。だがそれも揺らいだ……というか、今までのクロノスたちが誰も気が付かなかったとは思えない。

 奈々ななに頼りさえしなければ、地球は関係ない。だけど、俺はそれをよしとしなかったんだろう。

 というか、そうしなければ結局俺はこっちの世界で死亡。その後はラーセットが滅亡したという一本の歴史が続く。もう分岐は発生しない。

 奴が自力で地球に来たという可能性を排除できればだがね。


 ただ、その選択は避けられない。

 イェルクリオという大国を飲み込むまでに膨張した奴の軍勢は、いずれラーセットまで来る。

 確かに奴とその大軍が地表に出てくるタイムリミットこそが、同時に位置を特定できる瞬間だ。そこに奈々ななの神罰をぶち込んで一度リセット。

 クロノスや召喚された人間はそのままラーセットに残る。召喚を続けるかは分からないが、一応役割は果たした事にはなるのだろうな。

 今までの俺――成瀬敬一の方がそれを見届けてから日本へ戻ったかどうかは知らないが、何とも面倒な事だ。


 結局のところ、今の時代のラーセットが滅ぶ事を容認するのなら地球は救える可能性は高い。

 だけどどちらにせよ、大量死事件は変わらない。

 そして俺がまたラーセットに召喚される事に変わりはない。過去にあいつがラーセットを襲う事実が残っているのだから。


 だからどんな選択も、結局は振出しに戻ってしまう訳だ。

 奈々ななも先輩も龍平りゅうへいもいない平和な世界でそれまでどう過ごすのかは知らないが、まあどうでもいいな。

 もうそんな世界にはしない予定なのだからね。

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