第476話 実力差

 ――召喚の間――


 正しくそう呼ばれるこの部屋は、正しくはそうでは無い。

 実際には塔のある部屋で召喚されるが、万が一目覚めた召喚者が暴走して塔を壊したら大事だ。

 それに現代の時計を見せる事が、得になるとは思わない。

 何より誰かが他国に篭絡されるなどして裏切ったら、最優先奪取目標となってしまう。


 そんな訳で、召喚者はすぐにこちらの部屋へと運ばれる。

 ”召喚の間”という名称は、召喚者を騙すためのダミーに過ぎない。

 これは代々のクロノスが引き継いできた慣習であり、成瀬敬一なるせけいいちもクロノスとなった時には、誰に教わることなく自然とそうしていた。

 過去や未来を知っていたわけではないが、用心深さがそうさせたのだ。

 その部屋には、今は13人の眠れる召喚者と、最古の四人の一人である緑川陽みどりかわようが居た。

 本来ならば、この時点でここに入ってくる人間はいない。

 だが、外へとつながる扉が静かに開く。


 入って来たのはフリルたっぷりのゴシックなロリータ衣装をまとった黒髪の少女。

 背は150センチ、おかっぱ頭に童顔と、本当に子どもの様だ。

 ただその見た目に似合わない、鉄板のような巨大な剣を2本両手に持っている。


 それにもう一人。192センチ。プロレスラーを思わせる青いマスクに青いパンツ。

 膝と肘に分厚いサポーターを付け、足には革製のブーツを履いている。

 肌の殆どを露出しているが、鍛えられた筋肉はまるで鋼の様だ。


田中玉子たなかたまこ荒木幸次郎あらきこうじろうか、俺は今気分がすこぶる良い。引き返すのなら、見なかった事にしてやる」


「こちらも最古の四人の方々に歯向かう気はないです。ですが、クロノス様の命令は絶対」


「俺は田中たなか程の忠誠心はありませんがね」


「……フランソワ」


「これもクロノスの命令なんで――ぎゃあああああああ!」


 荒木幸次郎あらきこうじろうの耳から鮮血が溢れ出し、悶絶して冷たい床を転がった。


 緑川みどりかわではない。やったのは――、


「そんなマスクを付けているから聞こえない」


 フランソワが持っていた剣を、深々と荒木あらきの左耳に突き刺したのだ。

 一切の躊躇もなく。


「これで聞こえるようになったでしょ。さっさと薬で治して」


「クソッ! 狂戦士バーサーカーが」


 急いで治療する荒木あらきを見守っていた緑川みどりかわではあるが、今の状況ははなはだ疑問だ。

 なにせキーパーソンである水城奈々みなしろななをコピーするには、自分のスキルが必須である。

 仮に彼女を連れて行ったところで、そこには何の意味もない。


 反対したから自分を始末しに来た?

 今までだって何度も意見の衝突はあった。だが殺し合い――ましてや他の召喚者をけしかけて来た事は無い。勝てるわけがないからだ。

 そもそも自分がいなくなれば、結局コピーは出来ない。

 まあ実際にコピー自体は出来るが、本体が召喚者として覚醒したらコピーは消滅してしまう。それを防ぐためにも、自分が彼女を石化する事が必須なのだ。

 そして他に長期間石化などが出来る召喚者は今ここにはいない。


 成瀬敬一なるせけいいちの言葉が耳に痛い。

 確かに自分たちと教官組、それに別行動をしている樋室ひむろ坪ヶ崎つぼがさき。それにもはや殆どの意志と記憶を失い、ただ存在するだけになってしまった前クロノス――ブラッディ・オブ・ザ・ダークネスを除けば、最長で4年。

 彼の言うとり、全員がよちよち歩きのひよっこなのだ。


「それで? 漫才をしに来たわけじゃないんだろう? 何しに来たんだ」


「クロノス様の命令で、水城瑞樹みなしろみずき西山龍平にしやまりゅうへいを回収に来ました」


 理由はすぐに察しが付く。この二人を人質にすれば、成瀬敬一なるせけいいちも石化とコピーまでは妥協するという考えだ。

 実際にそこまでであれば、何の問題も無いと思う。コピーを処分したくなったら自分に言えばいい。即石化は解除する。やがてコピーも消滅だ。

 それに石化中、彼女の身はある意味世界で最も安全な状態ともいえる。

 最大の難点は成瀬敬一なるせけいいちが自分を信じるかだが、間違いなく疑っているだろう。

 そしてそれだけの理由もある。


 まあ今回は双方歩み寄りが無かったが、あの二人を間に置くことでその機会を作ろうという考えだろう。

 おそらく風見かざみの考えだろうが、悪くはない。

 アレが無ければの話だが……その点は聞かなければ分からない事だ。この時点で思案しても仕方がない。


 問題は自分が石化を解除する前に何らかの形で死に至った場合だが、その時は新たなコピーは作れない。

 なにせコピーには時限がある。定期的に一瞬だけ石化を解除し、素早くコピーして再び石化をしなければ続けられないわけだ。

 そんな訳で、石化までしてから俺を始末するという線もない。

 そう考えれば、この計画に反対する理由はあまりない――が、


 ピキピキと音を立てて、フランソワと荒木あらきの衣服が石化を始める。

 石程度――と二人とも全身の力を入れるが、ビクともしない。

 当然だ。見た目は石だが、これは本人が敬一けいいちに話した様に、そう簡単には傷もつかない金属化だ。

 二人とも最古の4人と戦ったことは無い。逆らった事すらない。だから見誤っていた。その名が示すように、ただの”石化”だと思い込んでいたのだ。


「悪いがそれはもう完全な拘束具だ。最初は液体にして全裸にでもしようと思ったが、その程度で止まるとは思わなかったんでな」


「その場合は目撃者を全員始末すればいいだけの事。裸で戦う事なんて、何の問題も無い」


 だろうな。だから石化した服を剥がそうとしたのだ。その位はわかる。


「おい、その場合は俺をどうするつもりなんだ」


「……」


「答えろよ!」


 田中玉子たなかたまこは応えないが、まあ容赦ないだろうなとしか思えない。

 しかしそれなら、自分も殺すつもりか?

 そんな疑念はあるが、考えるよりも先に緑川みどりかわは動いていた。

 床全体を石化する。元々冷たく艶やかな石畳だ。見た目はさほど変わらない。

 そして、本当に何も起こらない。それがフランソワにとって最大の誤算だった。


「下で待機していたのは、おおかた一ツ橋ひとつばしだろう。出来ない事を口にするもんじゃないぞ、田中たなか。命のやり取りであれば、そりゃあ全裸だろうがお構いなしだろうさ。恥ずかしいから戦えないなんて馬鹿は死ぬだけだ。だけどお前に俺は倒せない。色々な意味でな」


 確かに、仮に最古の4人である緑川みどりかわに勝てたとしても、その時点で計画は瓦解する。

 そもそも勝利など――、


「そうはいっても、意味もなく他の男に肌を晒す性格でも無かろう。戦う事は必須だった……例えそれで命を落とすとしてもだ。実際、お前は自分の命よりクロノスの命令を優先するからな。だからと言って、無謀な無駄死にはしないよな。なら俺を引き付けて、その間に床を腐敗させて二人を落とすつもりだったって所だろう」


 フランソワは応えないが、その悔しそうな眼と焦りが真実だと雄弁に語っている。


「こんな事で貴重な教官組を使い捨てにするか……それとも、俺が素直に応じると見くびられたのか。まあいい、戻って伝えろ。俺が一度クロノスとした約束をたがえる事は決してない。これでも51年の付き合いでね。お前達とは年季が違う。そのあいつが戻って来たんだ。例え教官組全員が相手でも、他の3人が相手でも、決して譲らねえよ」


 その言葉と共に、フランソワと荒木あらきの石化が解ける。


「戻って風見かざみにそう伝えろ」


 最初から最後まで、緑川陽みどりかわようはのんびりと床に座ったまま一歩も動かなかった。

 その必要もない程の実力差が、最古の4人と教官組の間にはあったのだった。

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