第475話 こういった関係とはね

「それで、昔の俺の事を話してくれるために来たのか? だったら歓迎だ。色々と聞きたい事も多くてな」


「では、お話しましょう。ああそうそう、水城奈々みなしろななさんに関しては緑川みどりかわが見張ってます。今更問題は無いと思いますが、一応の用心ですわ。こちらも細かな話がうやむやな内に反目などしたくないですからなあ」


 その点はそうだろう。

 こいつらはもう百年前後の時を過ごしてきた連中だ。

 短慮な事はしないとは思いたい。

 ただ見張りが奈々ななを石化させる役だった緑川みどりかわって所が色々と引っ掛かるわ。

 なんてことを考えつつも、こっちも今も奈々ななや先輩の気配を常に警戒しているんだけどね。

 考えすぎならそれで良いが、俺はまだ4人が敵対する可能性を捨ててはいない。

 俺の死因に納得がいかないからな。

 だけど奴が俺が知る奴よりも遥かに強くなっているのなら有り得ない話ではない。

 罪というのも、俺を守れなかった程度であれば責めるような話ではないと思う。こんな世界だしなあ。

 そんな事より――、


「なぜ脱ぐ?」


 話しながら、黒瀬川くろせがわの帯がパサリと落ちる。

 そして絹鳴りをさせながらあっさりと着物も襦袢も脱いでしまった。

 残るは腰布一枚だけだ。


「これから話をするのでしょう?」


「だからなぜ脱ぐ」


「ウチの初めては貴方でしたからなあ。まあ習慣ですわ」


 昔の俺め! というか今はダークネスさんか。

 だけど俺の精神は鋼。かつての鋼は実際には蝋のようなものだったが、今は本当に鋼だ。

 それに気になる事もあって、そういった気分にはならないんだよね。

 そうこうしている内に俺の服を脱がしにかかるが――、


「なあ、磯野いそのって知っているか?」


「これでも召喚者は全員知っております。その苗字は3人おられましたな。何かウチに関わりのある方でしたか?」


「いや、知らないなら良いんだ」


 誤魔化している様子は無い。全員知っていると言っても、名前だけで面識は無い場合もあるだろう。

 そもそも一緒に行動しなければ、たとえ磯野輝澄いそのてるずみが召喚されていたとしても接点は無いか。

 なにより過去形だ。つまりは知った所で意味はない。これ以上の話題は無駄だろう。

 それに、重要なのはこれからの方だ。


「日本には彼氏がいるんじゃないのか?」


 既にシャツまで脱がし終わっていた黒瀬川くろせがわの動きがピタリと止まる――が、さすがに表情は崩れない。さすがだな。


「何故そう思いました?」


「さっきもう日本に未練はないが、家族はいると言っただろ?」


「確かに言いましたなあ」


「その時に、他にも何か言おうとして言い淀んだな」


「……それだけですか?」


「それだけで十分なんだよ」


 観念したように立ち上がると、全裸のまま机の上に置いておいてあったキセルを吸い始めた。

 というか腰布どこ行った――と思ったら、とっくに脱いでベッドの上に置いてあったよ。


「色々な経験をしたのですなあ」


 煙と共に、彼女の思い出が吐き出された様な気がする。

 どこか寂しそうで、はかなげで、3人揃っていた頃とは大違いだな。


「確かに、付き合っていた人はおりましたわ。なんとなく気が合って、よく遊びに出かけたものです。ですが――今にしてみればおままごとでしたな。未練はありません」


「それは酷いんじゃないか」


「それをこの体に教え込んだのは先代の貴方でありますが」


 ぐうの音も出ない。もうその一言で納得してしまう。本当に節操が無いな。どうやって口説いたのやら。


「実際、日本には帰れない。地球は滅ぶ。その辺りの事は実際に体験した訳ではありません」


 確かにその通りだ。俺だって、実際にこの目で見るまでは信じられなかったさ。


「ですがそうなのでしょう? だから考え無いようにして来たのも事実でありますが――」


 そう言いながら長く煙を吐くと――、


「本当に、帰ることが出来るのでありますか?」


「ああ。だけど――いや、状況が変わったんだったな。確かに帰れるし、帰ったらもう安全……とはまだ保証できないが、可能な限りの努力はするよ。少なくとも、奴が地球に行く可能性は無い。奈々の神罰を使わないんだからな」


 だがこの時代の奴は召喚の術を身に付けている。

 全員を説得させるためもあって奈々ななの神罰が引き金と言ったが、実際には他の要因を否定できない。というか、全員そのくらいの警戒心は持っていそうだけどな。

 何せあいつは、自分の死を認識した時点で過去に戻るって事が出来る相手だ。

 それも、行ってから実際に発動するのは本当に死んだ時。時間制限はあるのだろうが、事前に設定しておけるわけだ。

 それを考えたら、倒す事自体が地球に行くキーになっている可能性がある。

 だとしたら、先ずは奴が持っている時計の破壊が最優先だ。

 その破壊自体がキーになっていたらお手上げだけど、用心深いアイツの事だ。それを失った程度で成功するかも分からない時空の跳躍はしないだろう。


「そうでありますか……今日は信じられない事ばかりで疲れましたわ」


 そう言って、モソモソと横に潜り込んでくる。

 脱いだ時から分かっていたが、本当に自室に戻るつもりはないらしい。全くしょうがない奴だ。


「帰れば記憶が失われるのも事実だ。どうする? 帰るならやってやるぞ」


 さすがにここまで強化された召喚者を帰すのは相当に大変だろう。それは児玉里莉こだまさとりの時によく分かった。

 だけど同時に、心から俺を受け入れてくれるのなら難しくはない。

 彼女の言う事が事実なら、すんなりと帰還させられるはずだ。


「今は遠慮しておきますわ。状況を見据えて、そのうえでじっくりと考えましょう」


「慎重だな」


「長く生きていれば、そうもなります。それに――」


「それに?」


「姿は変わりましたが、またこうしてお会いできたのですから。いきなりお別れなど寂しすぎますわ」


 そういって、愛おしそうに俺の体に触れる。

 頑張れよ、俺の理性。頼むから保ってくれ。

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