第474話 全部練り直しか

 その後は他にも色々話すべきことはあったが、とりあえず1日置く事になった。

 ちょっと心配はあったが、みや風見かざみもこれ以上は何もしまい。

 今は全員、状況を整理する時間が必要だ。

 当然ながら、それは俺自身にも当てはまる。


 俺には最上級の部屋を当てがわれたが、部屋の広さも調度品の美しさも、俺にとっては何の意味もない事だ。

 ただこの部屋は懐かしい。色々と内装などは豪華に変わっているが、俺がクロノスとして初めて与えられた部屋だ。

 このビルは比較的安全な場所だったから、必ず残っていたんだろうな。

 そして、代々のクロノスもここを利用したような気がするよ。

 きっとダークネスさんもね。


 それよりも言い合いになって何度か同じ事を繰り返し言ったが、それでも納得した様子は無かった。

 ある意味当然だ。俺自身が状況を完全に理解していない。致命的と言って良い位に。


 先ずこの時代に来た事に関して考えれば、冷静に考えれば有り得ない事ではなかった。

 何せ、向こうでは確かに俺は高校生から医者になった。その時間は確かにあったんだ。

 だけどこっちから見たらどうだ?

 その時間は0だ。時は一切動いていないのだからな。

 だからあいつが俺を基準に限界まで時を戻した時、それは今この時だ。体まで高校生に戻っていた事には驚いたが、確かにこの時代に俺の精神が飛んだのならそうなる。

 となると、力は精神の方に付いているのか。

 まあ納得できる。スキルの影響は肉体でなく精神に現れるのだから。


 一方で、奴もこの時代に飛ばされて相当に焦っているだろう。

 何せ過去へと跳んだはずが、遥か未来に来てしまったんだ。

 しかも話を聞く限り、どう考えてもこちらの奴の方が強い。

 果たして上書きできたのか? それとも奴の精神はこの時代で消えたのか?

 だが目を閉じて神経を研ぎ澄ませば、この世界の何処かに奴を感じる。向こうもそうだろう。

 まだ互いに繋がっている。無事上書きには成功した訳だ。


 となれば当然、今頃は民族大移動の最中だな。

 奴としてはなぜこうなったかは意味不明だろうが、それだけにとにかく移動を優先するはずだ。

 だが俺も今は動けない。

 本来なら、最後は奴らの群れと戦い、本体も倒す予定だった。

 相当な苦難が予想させたが、過去に戻る限界で奴を倒す。実際それしか手段が無いのも事実だ。


 だけど、その時にした覚悟と今では規模が違う。

 何せ、数年後には南の大国であるイェルクリオを飲み込む数だぞ。

 ラーセットを襲った時は数万といった感じだったが、あの国が襲われた時は数千万だ。眷族の数も、相応に増えているだろう。

 しかも中途半端に仕掛けたせいで、奴を相当にパワーアップさせてしまったらしい。

 正直言ってしまえば話にならん。勝てる要素なんて1ミリも無い。計画を全部練り直しだ。


 ただ幸いな事は一つだけあって、今後何十年とか何百年とかが経過しても、今この時が時間を戻せる限界って事が分かっているくらいだな。

 あまり慰めにもならんが……。

 とにかく、今ある戦力で倒せる手段を考えよう。今後何が有ったとしても、最後は今この時に戻るんだ。ここで倒せないなら、これまでの全てはご破算。どれほど未来で倒せても、今その手段を入手できなければ意味がない。

 そして間違いなく、そんな時間は無い。多少余裕は出来たかもしれないが、奴が地上に現れるまで精々数年だろう。

 代々の俺がそうしてきたように、奈々ななの神罰で地球に送り……って、その場合俺はどうなるんだよ。


 多分ついて行くことになるぞ。

 今までは奴が死ぬ事で俺が引っ張られたが、今度は奴が世界移動することで引っ張られる事になる。俺たちの間にある繋がりとはそういうものだろう。

 いっその事、そのままラーセットに呼び出されれば元の計画通りではある。

 だけどこの状況……捨てるには惜しい気もする。

 何より、また奈々ななの死を受け入れるのがきつい。


 ふう……もう今までのクロノスの努力も計画も、ここで全部なくなったわけだな。

 奈々ななの件を止めておいて良かったわ。


 そんな事を考えていると、ガンガンとけたたましくドアノッカーの音が響き渡る。

 この辺りは文化的なものだから、そうそうは変わらないか。

 出迎えるのも面倒なので、ベッドの上から鍵を外し扉も開く。

 まさか暗殺者がノックなどしないだろうし、そんな正面から来た相手に後れを取る事も無い。

 まあ油断は禁物だけどな。いざとなったらさっさと逃げよう。


「この感じ、懐かしいですなあ」


 そう言いながら入ってきたのは黒瀬川くろせがわだった。

 さっきはドタバタしていたが、こうして改めて見るとまるで変っていない。

 老いないので当たり前のようでもあるが、雅臣まさおみ君のような例もあるしな。


 当時の様に、かなり変わった方言のような独特の話し方。服装は花魁の様に肩と胸元を大きく出した黒留袖。帯は当時の群鶴ぐんかくから花霞はなかすみの袋帯に変わっているが、元々着た切り雀って事は無いだろう。今日がたまたまってだけだろうな。

 トレードマークだったキセルは黒から金になっているが、こちらも別に成金趣味に走ったって事でもなかろう。


 身長は165センチで、少し癖のある茶髪。童顔だが目じりが少し上がり、風体だけ見ればどことなくギャルっぽい。

 高校3年生だったし、制服を着ていたら本当にギャルに見えただろう。中身はまるで違うけどな。


 何て考えが一瞬で頭をよぎった間に、もう彼女はベッドの横に座っていた。

 自分でも驚くほどに距離が近い。以前のクロノスとはどんな関係だったんだろう?


「こんな時間にどうしたんだ?」


「ウチらに時間など関係ないでしょう」


 確かにそうなんだけどね。

 ただ睡眠は、自分が人間であるためのルーチンワークだ。

 一応、スキルの悪影響を軽減する効果もあるけど。

 ただそういうわけでは無くて――、


「何をしに来たかだよ。悪いがさっきも話したが、以前は追放されて散々だったんだ。正直に言えば、まだお前たちを信用していない」


「その警戒心も、昔を思い出しますわ」


 そう言いながら、更に近くまで寄って来る。

 確かに美人だ。良い体だ。露出も多い。

 だが残念ながら、今はそれどころじゃない。

 大体、肉体が高校生に戻った上に奈々なながいるんだ。

 もう浮気はせんよ。

 だが、何かの情報が得られるというのならこの状況も悪くはないだろう。

 精々利用させてもらうさ。

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