【 再始動に向けて 】

第470話 当然のように始めようとしていたな

 最古の4人と言われている人間が、全員知っている人間だったのは驚いた。

 それに教官組も6人中5人が召喚されていた事を考えると、やはり召喚には何らかの要因があるのだろう。

 赤ん坊とかご老人とかも召喚されなかったし。


 そして最古の4人。彼らに関しては全員性格を把握している。

 もちろんこんな世界で長く生き、様々な非日常を体験すれば人は変わる。だがそれは判断力や洞察力、責任感、生きる指針や目的といった類のもので、根底は変わらない。

 だからこそ、聞きたい話を打ち切ってまで戻ったんだ。手遅れになる前に。

 距離を外し、召喚の間へと跳ぶ。皆が運ばれた方ではなく、塔のある方だ。

 そしてそこでは、予想通りの光景が展開されていた。ため息が出るわ。





 ★     △     ★





「すでに男たちは待機させてあるが、時間は僅かでも惜しい。さっさとこの女を石化させろ。時間を置けば召喚者としての資質が覚醒を始める。そうなったら、もう効かないぞ。理解しているのか! 早くこいつの成長を止めるんだ」


「そうね。例え成瀬敬一なるせけいいちが反対したとしても、これは先代の……彼が決めた事よ。今更それをくつがえす必要があるとは思えないわ」


 宮神明みやしんめい風見絵里奈かざみえりなは賛成っと。


「だがその先代がいない今、正しい決定権を持つのは成瀬敬一なるせけいいちではないのか? 大体、大元の計画ではそこまでするなんて予定は――」


「あんな召喚されたばかりの小僧に何が分かる! それにコピーを確実に成功させるための儀式は必要だろう」


「そんな事くらい緑川みどりかわ君も分かっているんでしょう? それに黒瀬川くろせがわさんも」


「分かりませんなあ」


 みや風見かざみもかなりの剣幕だが、黒瀬川真理くろせがわまりはまるで動じていない。

 口からふうっと煙を吐きながら、彼女は顔色一つ変えず平然と答えた。


「むしろ、あの彼を見て“召喚されたばかりの小僧”と言える方がおかしいですわ。しかも今どこに行っています? 先代の元へですよ。この意味が分からないほど、情にほだされましたか? 時が止まっていても、やはり人は変わるものですなあ」


「……言って良い事と悪い事があるわよ」


「別にさほど悪い意味で言ったわけではありません。ウチもここまで計画を進めてきたクロノスには十分に敬意を払っております。ですが――それとこれとは別でありましょう」


「とにかく、俺はやらねえ。俺も黒瀬川くろせがわもここまでやってきたお前達の手腕は称賛しているし、あれだけ憎悪を買う仕事を引き受けたお前は凄いとも思う。それに……いや、たとえ世界の全てがお前の敵に回っても、俺は味方だ。だが成瀬敬一なるせけいいちの言葉はそういった次元の話じゃないだろう? なんたって、そもそもがあいつから始まっているんだからな。しかも今回はよく分からねえ事情がありそうだ。今は動いちゃいけねえ。それは俺がここまで生き延びてきた勘だ」


 雰囲気としては一触即発だが、どちらも仕掛ける様子は無い。

 まあそれはそうだよな。こんな所で戦ったって、何一ついい事は無い。

 ヨルエナはいないが気配は感じる。多分隣の部屋だな。奈々なな以外は全員そこに運ばれているわけだし。


「とにかく今は待ちましょ。そうですなあ……もうそろそろ戻ると思いますわ」


「奴は2日の余裕があると考えているだろう。早々には戻らないのではないのか?」


「もしそうでしたら、ただの無能ですなあ。クロノスさんの足元にも及びませんわ。おっと、先代のでしたわね」


 そう言って黒瀬川くろせがわは煙を吐くが、気が付いているんじゃないのかと思ってしまう。でも案外そうかもな。

 百年近くこの世界にいるんだ。俺の認識阻害を見破っていてもおかしくはない。

 他三人は気付いてないみたいだったが。


「もう来ているよ。白熱しているようだったので、話し掛けるタイミングが無かっただけだ」


 俺は認識阻害を外して彼らの前に出た。正しくは双方の間か。

 しかし、自分でもスキルが強化されている事を実感する。これもヤツが前の世界より強くなっているせいだろうか?


「お早いお戻りで」


「絶対にこうなっている事は分かっていたからな」


「良い機会だ。成瀬敬一なるせけいいち、貴様を追放とする。どうせ目覚めているんだ。わざわざ儀式を介する必要はないだろう」


「それはどちらが決めた事だ? 本当の俺か? それともみや、お前か」


「俺の名はクロノス。そのような名前ではない」


 その言葉と同時に視界から消える。こいつのスキルは――まあ召喚した神官長が何と名付けたかは知らないが、俺が知る限りは“脚力強化”だ。

 だが単に強いってだけじゃない。何もない空間を足場にして変幻自在の移動を可能にしている。

 スキル自体は変わらない。戦い方もあの時と同じだ。だけど、やっぱり段違いに強いな。これは人の目では追えない速度だ。

 当時の俺では手も足も出なかったのも無理はない。

 だがそれも、あの頃の俺ならの話だ。


 斜め後ろから飛び蹴りが来るが、そのまま足首を掴んで地面に叩きつける。

 手加減はしたが、顔面から石の床に叩きつけられたみやの頭蓋が割れ、目と耳から出血する。


 風見かざみが彼女らしくない乙女のような悲鳴を上げるが、殺してはいないさ。

 まあここが日本なら死んでるけどね。


「とっとと薬を使え。やる気があるなら何度でも相手になってやるさ」


 そんな俺を無視するかのように、慌ててみやに寄りそって薬を使う。

 自力では飲めないから、口移しだ。

 雰囲気と行動から、あのドライな彼女が心の底からヤツを心配している事が分かる。

 なんだか心がもやもやする。

 イラつくが、ここで殺し合い――というより一方的な殺戮をしても仕方がないか。

 というか多分だが、次に始めたらどちらが勝つかは分からない。

 その程度の事は分かるさ。

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