第462話 こいつがクロノスとはね

「ごく普通の高校生は、いきなり目覚めたりなどしませんわな。何人見てきたと思っているんです」


 口から吐いた煙と一緒に、黒瀬川真理くろせがわまりが呆れたように言葉を吐き出した。

 しかしこいつが最古の4人の一人か。ハッキリ言って、物凄く意外だ。

 彼女のスキルは”調理”。確かに何でも食べられるって事は食には困らないが、この世界で召喚者として生き延びるにはちょっときつい。

 俺が言うのもなんだが、スキルとしては完全にハズレだ。


 背は165センチ。いつもちょっと眠そうに目を細めている癖や、どことなく京都弁に近い変わったイントネーションは変わらずだ。

 谷山留美たにやまるみ椎名愛しいなあいと話している時はもっとにやけて目もパッチリしていて、いかにもギャルって感じだったのだが。

 趣味も変わっていないのだろう。黒い喪服を――と思ったら、裾に風景画がある。

 あれは黒留袖か。風景は日本の古典的な柄だ。ただ比翼は付いていないな。


 強い力を感じるところをみると迷宮産なのだろうが、本当に何でも出るな、ここの迷宮ダンジョンは。

 まあ着方はやっぱり花魁風。なかなかにグラマラスな双丘が飛び出している。

 しかも腕を組んでいるから更に強調されている。

 手に持つのは黄金色に光るキセル。昔は黒い物を使っていたが、少し趣味が変わったのか、これしかなかったのか……。


黒瀬川くろせがわも元気そうだな。この香の薫りも懐かしいいよ」


 彼女が吸っているのはタバコではない。これはスキルを使った時の負担を軽減する香だ。

 磯野いそのも同じだったので、二人はいつも一緒にいた。

 まあ元々椎名愛しいなあいを派遣したので、3人でチームを組んでいた彼女も芋づる式に一緒に行動する事になったのだが。

 だけど多分……いや、今はよそう。


「懐かしい……ですか。正直理解が追い付きませんわ」


「だろうな。俺も混乱しているよ」


 見渡せば、あの日、ラーセットに初めて召喚された時のメンバーが全員死んだように眠っている。

 ここから次第に人間から召喚者の卵になっていくわけだ。

 奈々なな、先輩……あ、龍平りゅうへいも……それだけで目頭が熱くなる。

 栗森剛くりもりごうだけは今のうちに黒い穴に放り込んでおこうか。


 しかしなぜここなのだろう。

 いや、考えれば間違ってはいない。俺たちの時間はこちらから見れば動いてはいない。ゼロ……存在しない時間だ。

 だからあいつが”俺が存在する一番遠い時間”へと時を戻ったのなら、当然この状況はあり得る。

 けど奴にとっては未来だから、可能性としては薄いとみていたんだけどな。

 実際になってみると納得できる。そして、このパターンなら全てが――、


「たとえ目覚めようと計画に変更はない。少し予定が早まっただけだ。分かっているのなら話は早い。お前はスキル無しとして追放する」


「黙れ、みや。今思案中だ」


 その言葉でクロノス――いや、宮神明みやしんめいの動きが止まる。

 初めて戦った時は、完全に力は向こうの方が上だった。手も足も出なかったと言って良い。あの認識疎外すら見破れなかったわけだしね。

 だけど今は逆転している。怖さを感じない。


 こいつはクロノスを名乗っているが、間違いなく宮神明みやしんめいだ。

 かつてリカーンに騙され、前田咲まえださきたちと一緒に反乱を起こした首謀者。

 とは言っても、当然こちらで同じことがあったとは思わない。

 意外すぎて混乱する。考える事が多すぎる。だけど今最初に聞く事は決まっている。


奈々ななをどうするつもりだ」


 極力感情は抑えたつもりだが、風見かざみみやにしがみ付いたままビクっとする。

 ふう……こんな彼女を見る事になるとは思わなかった。

 だけどさっきの話の流れとスキルを考えれば、彼女が中心なのは間違いない。


「それを知らないって事は、やっぱり別人……なんですかね」


「それはそうでしょうな。他の方法なら“こんな事もやりかねない”で済みますが、召喚などされて来たら今までの法則が全て崩れますわ。とは言えあのクロノ……いえ、風見かざみ、貴方はクロノスと一緒に召喚の間へ。ヨルエナもね」


「畏まりました。ではその……」


「この状態で放置しろと?」


「今はこのままでよろしいでしょ。貴方ももう分かっておるでしょうに。目覚める前には2日ありますが、そんなに長い話にはなりませんわ」


 再び吐き出される香。いつもよりも多い。やっぱり緊張しているか。


 暫く睨み合いが続いていたが、風見かざみの溜息が合図となった。


「いいわ」


 それだけ言うと、みやと一緒に部屋を出て行った。

 二人は一度も振り返らなかったが、ヨルエナはしつこいくらいに振り返ってはお辞儀をしていったよ。





「さて、これで良かったのでしょう?」


「それで構わない。では緑川みどりかわ黒瀬川くろせがわ、その中途半端な認識阻害は外せ。不快でしょうがない」


「それは失礼しました」


「では失礼して」


 返事と同時に、二人の認識阻害が解除される。

 実際にはあまり気にしていない。もうあんなチャチな認識阻害など意味が無いからな。

 あえて強い言葉を使ったのは、こいつらがクロノス……というより俺をどうとらえているか知りたかったからだ。

 みやがクロノスをしていた事にも驚いたが、さっきの黒瀬川くろせがわの言葉が正しいのなら、俺はもうこの世には……だけど、俺を殺せる奴なんてのが存在するのか?

 まあそれを今から聞くんだけどな。


「聞きたい事が多すぎて、思考が追いつかないな。だけど先ずはさっきの質問を改めてしよう。奈々ななをどうするつもりだ」


「それを貴方に聞かれるのには物凄い違和感がありますよ。なにせ、これは全部クロノスが決めてあった事ですからね」


「今でもまぶたを閉じれば当時の事がハッキリと蘇りますわ。それはもう、多すぎて語りつくせぬほどになあ。そしてアンタは、やっぱりクロノスでは無いんですな」


 上を向いて煙を吐く黒瀬川くろせがわの目に、光るものが見える。

 演技とは思えない。まだまだ不安と不明だらけだが、こいつは信じておいても良さそうだ。


「こちらも話すと長すぎて何処から切り出していいか悩むな。一応クロノスと呼ばれていた事は間違いないが、その話は後だ」


「そうですね、ではお話しましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る