第461話 今の俺は成瀬敬一だ

「少なくとも、樋室ひむろさんとは協議すべきだ」


 熱を帯びた言葉。当時のヤンキーっぽさは無く、真面目な印象がある。

 まあその点はあの頃から”なんちゃってヤンキー”で、根は真面目だったけどな。

 それよりも樋室ひむろさんとは樋室紗耶華ひむろさやかの事だろう。結論を出すには少し早いが、こんな珍しい苗字が2人も重要な人間として召喚されているとは考え難い。

 もしそうなら、やっぱり繋がりはあったんだな。


「もうそんな時間は無いでしょ。それを言うなら、召喚前に決めておかないと」


「その通りだ。これは全て当初の計画通り。なら遂行あるのみだ」


 こっちはこっちで、口調が中身とまるで違う。

 クロノスをやっているなら俺と同じになるのは当然だろうが、こうして聞いていると複雑な気持ちだ。ムズムズする。


「やる事は結構。元々そういう計画でありましたものね。反対するわけではありません。どうせ2日もあれば目覚めてしまいますしなあ。ただ、やはり呼ぶべきではないのですか? 彼女はともかく、あの方ならここまで一瞬でしょうに」


 懐かしい香りと共に、今まで沈黙していた4人目が口を開いた。

 ふと磯野いそのは元気なのだろうかとも思ったが、彼女も最古の4人と言われている連中だろう。

 身分違いというか、こっちでは何の接点も無かったかもしれないな。


「……それは出来ない」


「まだ罪を認めるのが怖いのですか?」


「やめて、真理まり。罪というなら、ここに居る全員の罪よ」


「ヨルエナは関係ないけどな」


 こういう時に茶化すのは、やっぱりこいつらしいな。


「そんな事は言わなくても分かるでしょ。もういいわ、全て予定通り進めましょう。私たちにとっては、もう最後の指示通りに進める以外に残されている手は無いのだもの。そうでしょ? 誰とどれだけ話し合えば正しい答えが出るのよ。もう何十年考えたのよ。後何十年話し合うつもりなのよ。あたしはもう……疲れたわ。ヨルエナ、刷り込みは問題なさそう?」


「……予定通り、塔の機能は全て機能しています」


「そう……貴方がそう言うのならそれでいいわ。それじゃあ召喚の間まで運んで頂戴」


「畏まりました」


 お互い随分と腹芸があったろうが、それもそうか。

 ヨルエナが俺を確認しようとしたら、少し違う事くらい気が付くだろう。

 そしてそんな彼女の機微を、あいつが分からないはずがない。

 というか、多分俺の狸寝入りも分かっているんじゃないかな。

 にしても、あの刷り込みは塔の機能か。予想はしていたけどな。

 フランソワや一ツ橋ひとつばしに罪はない事くらい分かっているが、ちょっと複雑だ。


 この後は俺たちを召喚の間に運んで目覚めを待つって感じだろうな。

 ここまでの話だけで、もう状況は分かった。余計な人間が来る前に、要件を済ませた方が良いだろうな。

 さて、目覚めの時だ。


「それはちょっと、待ってもらいたいな」


 5人の視線が、瞬時に俺に集中する。まあ当然か。

 ついでに視線を落として自分の手を見る。

 まだ若く綺麗なまま。爪に染みついた薬品の跡もない。それに視界に入るのは、まだ着こなしていない真新しい高校の制服。

 着ている感触は最初から分かっていたが、やはり見ると込み上げてくる感情が段違いだ。

 正直、これ一点だけでも驚いてひっくり返りそうだよ。だけどそんな事は後。今は自分の事を気にしていても仕方がない。

 奈々ななたちが目覚めるまでには2日もあるが、2日しかないとも言える。聞くべき事、話すべきことは山ほどあるんだ。


 5人の一人は神官長のヨルエナ・スー・アディン。

 俺を見て、信じられないと言った顔をしている。

 驚き、喜び、恐れ……実に複雑な表情だ。さすがにいきなり目覚めるとまでは思っていなかったってとこか。

 本当に、あの時の毅然として冷徹なヨルエナと同一人物とは思えない。だけど間違いなく、ここは俺が初めて召喚された時のラーセット。だけどそれも後で良いな。


 他の4人――最古の4人と言って良いか。彼らも同じ様に複雑な表情をしている。

 認識阻害はしてあるが、俺から見ればこんなチャチな阻害など無いも同じだ。

 それにしても――、


風見絵里奈かざみえりな。君だけあまり驚いていないな。やっぱり気が付いていたのか?」


「う、うすうすはね……。でもこうしていきなり目覚めて私の名前を言い当てるなんて、さすがに考えもしなかったわ」


 さすがの風見かざみもやはり動揺は隠せない様だ。

 服装は、黒いビキニの上から前の少し開いたローブを羽織っている。あの頃と同じだ。

 後ろで一本に束ねた三つ編みに、愛嬌のある丸眼鏡も当時のままだな。

 だけとトレードマークである魔女帽子を被っていない。永く一緒にいただけに、ものすごい違和感だ。

 それに何より、クロノス――じゃないな。クロノスを名乗る男の腕にすがりついている。お前そんなキャラじゃないだろう。


 いつも堂々として、ふてぶてしく、児玉里莉こだまさとりが好きで、でも二人だけの時は案外甘えてくる。そんな性格だろ。

 なんだよ、その不安な目は。まるで別人だ。

 何かを恐れている。俺をか? それは間違っていない。だけど微妙に違うな。俺に関する別の何かを恐れている。

 こんな風見かざみは初めてだな。


「高校生の頃からアンタはアンタだったって訳か。昔聞いた話では最初は他の召喚者と同じって話だったが、実際には全然違うじゃないか。しかも俺たちの――」


「ああ、知っているさ。緑川陽みどりかわよう。だけど驚いたな。お前が“最古の4人”の一人とはね」


「俺の名前どころかその呼び名まで知っているとは……はあ、参った、参りました。本当に何なんですか、貴方は」


 アンタから貴方になって、口調も少し丁寧になったな。

 当時、川本彰浩かわもとあきひろと組んでやんちゃしていた様子は見る影もない。

 服装はごく普通のシャツにスラックス、それに革のベルトとサスペンダー。見たところ武装はサスペンダーの鞘に収まったダガーが4本。それに腰に長剣と鉈か。

 あの頃は剣を使っていたが、長さも形も違う。

 当時は182センチと長身だったが、いつも猫背でそうは見えなかった。

 だけど今は背筋を伸ばし、実際の身長よりむしろ大きく見える。

 これは経験による自信の表れと見て良いのかな?

 それとも、今の地位に合わせたハッタリか。


 教官を任せた時も日々の成長に驚いたが、立場に影響されやすいのだろうか……いや、それ以前に百年も変わらなかったら逆に驚きだな。

 スキルは固体と液体を変化させる“形態変化”だったが、さてどう成長して変わったものか。

 でもその前に、ここはちゃんと答えてやらないとな。


「俺は成瀬敬一なるせけいいち。ごく普通の高校生だよ」

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