第438話 協力的な相手なら良かったのに

 これから確実に襲われるセーフゾーンの主と協力体制を取りたいのだが、双子が言うには無理だという。

 是非その理由を知りたいのだが――、


「人の話を聞かないっていうのは合っていますよ、ご主人様」


「ただ知能に関していえば、人に図れるようなものではありません」


「どういうことだ?」


「賢いと言えば賢いのです。ですが、人の考える様な倫理感や感情などはありません」


 今一つ分からない……?


「仮に人間が様々な罠や戦術を駆使して戦いを仕掛けても、全て見破って対応するだけの知能はあります。ですが、共同作業といった考え方自体が無いのです」


 たしかに、知能が高いなら互いに協力できるなんてのはあり得ないか。

 犬とイカはほぼ同じ知能だが、根本的な生き方や思考が違う。イカの方は、決して人間と相いれる事は無いだろう。

 そこのセーフゾーンの主も、そういったタイプって事だな。


「なら、奴がそいつを同類にすることは不可能か?」


「可能だと思われます」


 ダメじゃん。


「確かセーフゾーンの主は、そこから出る事は無いんだよな?」


「出ません。それが使命のようなものですから」


「あ、ミリーとリリーに対するツッコミは無用に願います。あたしたちはあくまで人間に合わせた分身ですので」


 要するに、こいつらの本体はセーフゾーンでぬくぬくしている訳か。

 だがそれはどうでも良い事だな。それよりも――、


「さっきの話だが、そうなるといずれは浸食されて同類になるんじゃないのか? それで外に出たらどうなる? 俺の予想では――」


「異物になりますよ、ご主人様」


 やっぱダメだろ。


「とても賢いとは考えられないな。協力はしない。直接戦えば負けなくとも、じわじわと外から奴に侵食されていずれは負ける。そしてやがては配下として外に出て異物になってしまう訳だ。俺からすればただの馬鹿だな。結果が分かっている以上、柔軟に対処するべきだ。やはりその辺りから説得できないものだろうか?」


「言葉を持ちませんし、会話するという意思も概念もありません」


「交渉の余地は、やっぱりありませんよ」


 ふう……賢さにも色々なパターンがあるって事か。

 だが先を予想できないやつは、どんなに頭が良くても結局は愚かだ。

 いや、セーフゾーンから出られないという制限に異物を攻撃するという本能。

 ある意味仕方のない話なのかもしれないが――ダメという事実だけでこの話は終わりだ。


「では方針を変えよう。そいつが奴に侵食されて同類になるまで、どのくらいかかると思う?」


「それなりに対応はすると思いますので、邪魔さえ入らなければ5年もあれば完了すると思われます」


「短すぎるな」


 静かに話を聞いていた龍平りゅうへいがきっぱりと断言するが、俺もその意見には同意だ。磯野いその達にはもう少し長い見積もりを出してしまった。甘かったな。

 確かに入念に準備をしても、奈々ななのいない今の状態では完全に消滅させることは難しい。おそらく何度も時間を戻されてしまうだろう。

 だけど、それでも少しでも犠牲は減らしたい。

 それに準備自体はずっとしてきたんだ。途中からだとはいえね。


「改めて確認したいが、何回くらい連続して過去に戻れるんだ?」


「そういえば話しておりませんでしたね」


「いくらでも連続で出来ますが、以前お伝えした制限は受けます」


「死ななければ戻れない。一度戻ったら、その時間には戻れない。まあこれは再びその時間をかなり過ぎれば問題無くなるんだよな?」


「その通りです。あと過去に意識を送ると、送られた側は相当に疲労します。人が言う”暫くは弱体化”とでもいえば良いのでしょうか。なにせ自分自身を侵食することになりますので。ただ決定打が無いのでしたら、ずっと不毛な争いが続く事になりますよ、ご主人様」


「そうはさせないさ」


「いやちょっと待て、お前、アイツが時間を戻る事を前提に考えているのか?」


「そりゃ気が付かないように即死させることが出来なきゃそうなるだろう」


「なるだろうって……いや、考えがあるのか?」


「勝算はあるさ。俺は木谷きたにと違って、絶対に勝てる戦いしかしたくないんだ」


「勝算ねえ。倒すことは確かに困難だが不可能じゃない事は分かっている。しかしなぁ……」


「言いたい事は十分わかっているよ。だが出来る戦力で対処するしかないのも事実だ」


 龍平りゅうへいは暫く考え込んでいる。

 何か手段を考えているのだろうが、良い案は出て来るだろうか?


「まあいいわ、任せる」


 何も出てこなかった……。


「それでどういう風にやるんだ? 今までの話だと、放置した場合は5年だ。というか協力は出来ない。ならこちらで仕掛けるか? セーフゾーンにさえ入らなければ襲ってこないんだろ? それなら周囲に出現する眷族を片っ端から倒していけばいい。そうやって時間を稼いで行けば、お前や奈々ななの召喚が出来るかもしれないぞ」


 なんだ。ちゃんと考えているじゃないか。

 確かにその案は魅力的だ。

 だけど――、


「それは出来ないな」


「何故だ?」


「召喚枠は50人。その案を実行するには、必ず犠牲者が出る」


「容認しろとはいえんか。しかしどちらにせよ、眷族との戦いは結構きついぞ。お前がどれほど気を使おうとも、絶対に死者は出る」


「……だろうな。だからこそ、余計な犠牲は出したくないし、長期戦は絶対に避けたい」


「まあ決めたのなら良い。どうせ責任を取るのはお前だしな」


 酷い話だが、それは最初から決めていた事だ。

 それに、俺は覚えている。最初に召喚した前橋慎一まえばししんいちたちや、その後の石堂浩平いしどうこうへい三浦凪みうらなぎ、他大勢のみんな。

 召喚者だからな、絶対に忘れることは出来ない。

 今でもついさっきの出来事のように、彼らの死が心に刺さる。

 だけど、それでもやると決めた。そしてここまで来た。今更やめる事なんて出来ないんだ。

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