第436話 急ぎたいが準備は万全にしないと

 今のあいつを倒しても、単純に考えればこの世界が守られるだけだ。

 だけどまず間違いなく、同時に地球も救われる。

 やはりどう考えても、地球に現れた奴は今のあいつだ。でなければ色々とつじつまが合わなくなってしまうからな。


 昔は可能性が多すぎてその辺りの思考が纏まらなかったが、今は少し違う。

 奴が死ななければ過去に戻れない以上、2体存在したまま歴史が分岐する事はあり得ない。

 そりゃ未来と過去とで考えれば変わって来るが、それはまた別の話。

 ラーセットを襲う前の奴が何故か地球のあの時代に飛んで、滅ぼしてから戻って来て改めてラーセットを襲う。

 うん、さすがに無いわ。

 経緯は分からないが、確実に時計を手にしてからの話だろう。


 そしてその前提がある以上、もう俺を召喚する必要はない。全ての前提は崩れた。奴自身が、そのチート級の能力によって勝手に壊したんだ。


「大丈夫だ、磯野いその。お前の心配は過去のものとなった。奴を倒す準備を始めよう。後はタイミングだ」


「その長いセーフゾーンにアイツが入るんですよね? ね? でもそこにはセーフゾーンの主が先客でいて……」


「ですが今までの話からすると、絶対にそいつは負けるんですよね」


「そうだな。一緒に協力して戦ってくれるならまだ分からないが、その辺りの交渉は平八へいはちに任せよう」


「あの人でありますか」


 再び黒瀬川くろせがわの煙が天井に吹き付けられる。


「単純な方に見えましたが、意外と多芸なんですなあ」


 まあ交渉するのは双子だけどな。その辺りの説明はいらないだろう。

 ただあの二人が例外なだけで――、


「セーフゾーンの主は基本的に人間を嫌っているからな。共闘できるかは難しい所だ」


「その場合は戦い終わった瞬間を狙うんですよね? 多分相当に疲弊しているでしょうし」


「そうだな。出来ればそれが一番助かる。だけどまあ、そうはならないだろうな」


「何故でございます?」


 話す度に吐く煙のせいで、部屋がいい加減モクモクして来たな。

 だけどこれはタバコじゃない。キセルは使っているけど、これは火を使う香だ。

 そういや磯野いそのがスキルを使った影響を回復させるには香を使うんだったな。

 こうやって落ち着かせてくれていたのか。

 ついでに言うと、たしか黒瀬川コイツ自身も同じだった。一石二鳥と言う訳だが、お前そんなにスキル使ってないだろ。

 というか案外この二人はお似合いだな。妙に俺の女癖を警戒するのも、もしかしたらその辺りに……まあそんな事はこの際どうでもいいや。


「奴は直接戦ったりはしないだろう。部下任せだろうが、そもそも奴に限らずセーフゾーンの主は他の主の情報を持っているからな。強い相手に挑んだりはしないだろう」


「じゃあどうやって乗っ取ると考えているのですか?」


「あいつは周囲の生物を同類に変える。それは知っているだろ? そしてそれは、自分自身ではなく成長した眷族でも可能だ。そこまで広いセーフゾーンなら、あちらこちらから入っては逃げを繰り返しながら同類に変えるだろう。中の奴は、分かっていてもセーフゾーンの外には出ない。あれは本能のようなものだからな」


「じゃあダメじゃないですか」


「ああ、ダメだ。だがよほど弱いのでもない限り、そんな広い場所セーフゾーンを守り続けているほどの奴が、そう簡単に同類化されるわけがない。出来るなら、アイツはあんなにもコソコソとはしていないよ。正確な予想はこれから調べるとして、理想としては10年とか20年とか欲しいところだ」


「そんなに掛けますかね?」


「寿命の無い奴らにとっては、時間なんてあってないようなものだよ」


「その点は、確かにそうでありますねぇ……」


「それにセーフゾーンの中では大変動の影響は無い。時間は幾らでもかけられる。ただそんな風に見守っている内に、そこの主が眷族化したらますますこっちが不利だ」


「ではどのタイミングで?」


「それをこれから調べるために交渉しつつ、奴らの動きを確認するんだよ」


 ん? と椎名しいなが首をかしげると、


「セーフゾーンの主は死んでも大変動で復活しますが、その場合は生きていた時と違って、元居たセーフゾーンに現れるとは限らないと受け取ったマニュアルに書いてあります」


 ああ、もう大昔から使っているマニュアルだな。俺が黒竜から聞いたり自身で体験したことを、ケーシュやロフレと一緒に纏めたんだ。目を閉じれば今その瞬間が蘇る。だけどそれは、時間が止まった俺たちにとっては幻でしかないか。


「それは間違っていない。気になるのは、同類化した場合は死んだと判定されるかどうかだろ?」


「そう! そうです!」


「その点も含めて調査をする。磯野いそのたちは今まで以上に奴らの動きを綿密に調査してくれ。必要な物資や人員は幾らでも申請してくれて構わない。可能な限り対応しよう」


「では、交渉の方もよろしくお願いします。ですが――」


「ん? どうした?」


「いよいよなんですね」


 そうだな。遂にここまで来た。これから奴は、全面戦争とは言わないまでも拠点を決めて他の事に気を取られる。

 もちろん、この機会は逃さない。というより、もう時間が無いのも事実。

 あそこを手に入れたら、本格的に召喚を試し始める。多少歴史が変わっても、きっかけを阻止できなかった時点で確定だ。

 そうなったらあとは確率の問題だが、どんなに低くてもそれが致命打になり得るのだからたまらない。

 ならば、いよいよ始めないといけない。他の召喚者たちにも、準備をさせないとな。


「ああそうだ。そう言えば椎名しいなに聞きたい事があったんだ」


「セーフゾーンの主の事なんだが……」

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