第435話 これから奴がどう動くかだが

 今奴が召喚術を手に入れても、危険ではあるがあまり意味がない。

 ただ非常に低い確率で、高校生の俺が召喚されて死ぬくらいか。

 しかし召喚術があり、時計と塔などの召喚システムを知っていた俺と違い、奴は独自に召喚に至った。

 結果として、世界中から召喚した訳だ。

 そうなると、俺が召喚される確率は……いややっぱ低く無いわ。


 あの時点での地球人口は確か90億人ほどだったな。

 死者数は1億を超えていたと放送していた。それから考えると、90分の1を少し上回る程の確率で抵抗の歴史が途絶えてしまう。

 しかしそこに至るには、多くの条件が必要だ。


 先ず、奴はまだ時計を俺たちと関係がある何か程度にしか思っていないだろうな。

 なにせ、あそこから即召還に結び付ける事は無理だと思われる。

 仮にすぐに召喚出来るようになったとしても、いくつかの条件をクリアしなければならない。


磯野いその、以前頼んだ条件に合致したセーフゾーンは見つかったか?」


「南のイェルクリオ近くで、可能な限り広大なセーフゾーンですよね」


「そうだ。数千万人は入れるような広大な敷地が理想だが、多少点在していても構わない」


「一応調べました。条件に合うのは1か所だけですね。ただ結構深いのと、かなり強力と思われるヌシがいます」


「それは倒されると考えて良いな。だがまだ健在という事は、やはり時間に余裕はあるか。ちなみにどんな場所なんだ?」


「全長は6キロメートルほどですが、起伏が激しく、あちこちに枝分かれした袋小路の部屋があります。そうですね……アリの巣を想像して頂ければわかりやすいかと。あそこなら、案外1億人は入れるかもしれません。何せ東京ドームの何倍も広い部屋が800以上ありましたからね」


 また随分広大なセーフゾーンがあったものだな。

 ええと、軽く計算してみると……確かになんとなくいけそうだ。

 だけど実際にそこまでパンパンになる事は無いだろうな。

 何せ召喚は、数の交換であれば損だ。一人を召喚するのに、何人もの生贄が必要になるんだからな。

 しかも奴に寄生されたら、それはただの人間だ。現地人と何も変わらない。食用と考えても同類にすると考えても、結局はやる程に奴自身の配下は減っていく。


 だけど奴はやった。分かっているだけで1億人を超えるとなると、実際にはもっと多いだろう。

 考えられる方法は、もっと遥かに弱い存在を大量に集めて召喚するパターンか。

 例えばダンゴムシなんてそうだな。こいつら何処にでもいるし。数百匹か数千匹か、とにかく集めれば召喚も出来るだろう。他にも蟻の巣で連想したが、何かの幼虫なんかも使えそうだ。


 問題は効率としてはどうなのかといった所だが、その辺りは無視できるだろう。

 なにせダンゴムシだの幼虫だの、そういった連中は戦力にはならない。勝手に寄生されて同類にはなるんだろうが、戦力としての成長には期待できそうにない。

 食用と考えても、効率が悪すぎるだろう。

 まあ奴らは魂を食うので、その大小が人間と無視でどれだけ違うのかは分からないけどな。


 だけど大きな問題が残る。さすがに人間でも数人が必要だ。何処にでもいるとはいえ、ダンゴムシなどの死体漁りスカベンジャーでは何百匹も必要だろう。

 前の時代に奴が時計を入手した時期は分からないが、数千万だの億だのといった数を召喚すると考えると、かなりの歳月が必要だろうな。


「今のところは、そのセーフゾーンが奴の巣に変わるまでは安全だろう。だが結局はそれも賭けだ。奴が召喚の実験で、キーになるような人物を召喚してしまうかもしれない」


「その辺りの予測とかは付かないんですか?」


「無いな。ついたら楽なんだが……」


 もしかしたら、前のクロノスが召喚者を大切にしなかったのは、ひたすらガチャを回していたのではないだろうか?

 保有数はたったの50。その中から奴を倒すために絶対に必要な戦力を除くと、実際に試せる数は決して多くは無い。

 そして多くの人間が生き残ってしまえば、更に回せなくなる。

 だが今までの事柄から考えると、俺と奈々ななは必須だ。

 ならどうするか? 話は簡単だ。特別な精鋭以外には死んでもらえば良い。


 何度も反乱を起こされたようだが、まあこれはさすがに反省したのだろう。一応改善の形跡はある。

 なにせ樋室ひむろさんの時は38人もの召喚者が反乱を起こしたそうだしな。

 鎮圧には成功したようだが、被害も出たのではないだろうか?

 そもそも、キーとなるような人物が死んだり敵対したら目も当てられない。

 結局は死んでもいい程度の奴は教育もそこそこに迷宮ダンジョンに放り込み、仲間同士の殺し合いも容認した。

 今考えると、木谷きたにと戦った時にそんな感じの事を言っていたな。自分の身も守れない奴はどう足掻いてもこの世界では生き残れないと。あれが日常的に行われていたのだとすると、俺の予想よりも召喚していたっぽいな。


 そして俺や奈々ななが召喚されたから、もう焦る理由も無くなった。

 あまり召喚者を大切にしないのは変わらなかったが、龍平りゅうへい咲江さきえちゃんを外回りにするなど徐々に軟化も見られる。

 更には俺が時計を奪った時は2年間も召喚を停止した。

 あの時点で、もう決戦の支度に入っていたんじゃないかな。

 召喚者を使い捨てにするのではなく、温存して奴と戦う支度をした。まあそんな所だろう。


「それでどうするんですか? 奴がそこを制圧することは確実なんですよね?」


「ああ。ハスマタンが襲われた時、奴は大国を滅ぼせるだけの十分な戦力を用意して動き出した。目的は食事だな。今でも迷宮ダンジョンのモンスターで賄っているが、戦力を増やした事で、逆に供給が追い付かなくなったんだろう」


「ラーセットを襲った時もそんな感じですか?」


「規模はまるで違うが、奴がラーセットを襲う前に居た場所は椎名しいなが確認済みだ。やはり広い所で戦力をためていた形跡があるな。どうもセーフゾーンが広いと、そこで眷族や同類を増やす様だ」


「そして飽和したら飛び出してくるわけですか。何とも迷惑ですなぁ……」


 黒瀬川くろせがわが吐いた煙が天井へと伸びて行く。

 というか本当にキセルがよく似合うな。

 いやまあそれより、確かに迷惑だが――、


「行動パターンが決まっている奴は逆に助かるよ」


「では、アレがそこを制圧したらラーセットを襲った時以上の大軍勢が誕生するのですよね? でしたら、今すぐ討伐するべきではないでしょうか?」


 谷山たにやまが俺たちを見渡しながら意見を出すと、女性陣2人は賛同したようにうなずいていた。

 だが磯野いそのは沈黙だ。なにせ彼は詳しい事情を知っている。俺を召喚し、鍛え、そして倒し方などを説明して地球へと帰す。このループを続けなければいけない事を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る