第430話 必ず2つあるだろうしな

 この迷宮ダンジョンは人の意思に感応して、たまに変なものを発生させる。中には、俺たちの知っているような形のものが出土して、現地人が頭をひねる事もある。

 これもその一環か? だがそれは無い。

 迷宮ダンジョンが生み出すのは、あくまでそれっぽいものだ。こんなふうに、すぐに何かと判別できるようなものは出土しない。

 そうなると、考えられること2つ。1つは召喚者が持ち込んだ品の場合だな。

 けれど、今まで召喚して来た人間の持ち物は全て把握している。


 となると、もう一つの可能性が浮上する。

 実はこの可能性自体は、ずっと――それこそラーセットの危機に召喚され、奴の襲撃を撃退した時から考えていた。


“地球に現れた奴は、どうやって時空を超えたのか?”


 一番考えられる可能性。それは奴が召喚の手段を会得した場合だ。

 そして世界中から人間などの召喚を繰り返すうちに、俺とは違う手段で送還の技も会得した。

 こうして地球へと渡ったと考えた。

 なら召喚するためのアイテムは?

 何らかの可能性で入手したんだ。そしておそらく、それは俺と同じあの時計だ。

 まあラーセットが滅亡して時計を奪われた可能性も外してはいないけどね。


 今はもう一つ、俺と繋がって地球に行ったパターンも最近可能性としては浮上している。

 ただ実際には、その可能性は低いと考えているんだよ。

 理由は以前にも考えた通りで、俺と一緒に地球に戻ったらそこから先は微妙に変わりながらも俺とあいつのループが始まる。

 地球で俺が殺されたら全てが終わりだが、そうでなければラーセットの危機に召喚されるのは今の俺自身だ。新しい俺ではない。


 もし以前のクロノスが奴を倒して俺と同じ状況になっているのなら、俺は今こんな苦労はしていない。

 そのクロノスが、奴との決着がつくまでループを繰り返している事だろう。


 ただハスマタンが襲われた時の対応が早かった。早すぎたと言っても良い程に。

 今こうして召喚して迷宮ダンジョンに人を送るようになって分かった。全員揃う事はまずない。

 何せ一度潜ったら、数か月は戻って来ない。それがチームごとにバラバラだ。

 ところがあの時、召喚者は全員ハスマタンへ向かったという。数か月前から準備していなければつじつまが合わない。


 ただ単純に、再びラーセットを襲う可能性があるから準備していただけという可能性だってある。

 でもこれは違う。あの時、俺が時計の針の力で地球に帰った時に口伝を聞いた。まあ短かったし正直役に立ったとは言い難い。大切なのは、何度も繰り返されているって事だ。

 同じ事が繰り返されているからこそ、口伝という形で試行錯誤の歴史がある事を知った。

 なら、やはり地球は襲われる。その結果は、やはり同じだろう。

 それに何より、彼らの計画は奈々ななの神罰で奴が死を意識する前に消滅させる事だ。


 ……あれ? だとしたら、なんで前のクロノスは奴が時間を戻す事を知っていたんだ?

 いやまあ倒せばわかるんだろうが、その場合は倒したクロノスが――いや、倒したのがその時の俺とは限らないのか。

 それなら地球へは戻らないのだから、そいつが倒された時点で呪縛は解けるわけか。

 などと考えても、その辺りは結局本人に聞かないと分かりはしない。気にしない事にしよう。


「考え事の最中悪いが、さっき言ったなんとなく分かるっていうのはどういう事だ? それと、今の状況をどう見る」


「どうして今のお前がこちらの世界に召喚されたのかずっと考えていてな。俺を再び召喚したのがあの時計だとしたら……」


「俺を呼んだのはあの時計だったって言うのか? 馬鹿々々しい。俺が買った時計は瑞樹みずきの墓の中だ。それに召喚された時、俺は和歌山で建造中のシェルターで暇を持て余していた。数百キロは離れているぞ」


「理由なんて俺も分からんよ。だが召喚される人間は、俺に近かったり知っている人間が多い。その関係で、何らかの理由で高校生ではなく今のお前が召喚の対象になった。バグみたいなもんだろう。だが俺の持ち込んだ時計は、2032年の5月28日からしか召喚出来ない。だからお前に近いあの時計が触媒になったのだと予想するね」


「結局は想像じゃねーか」


「俺は神じゃないんだ。なんとなくこうだろうってレベルしか分からねーよ」


「それもそうだな。それとさっきの話だが、確かにその辺りは疑問に思っていた。それほど召喚されていないのに、甚内じんない教官以外は全員召喚されているとか少し異常だ」


「さっきも言ったが理由は分からんさ。だが俺と同じ時代のお前が召喚された時、真っ先に考えたのは時計の事だったよ。当然、先輩の墓に安置されていたから持っていなくても当然と考えていた。普通に召喚の塔の時計が左右したと考えた方が普通だったしな。だけどこうして箱が見つかってしまうとな――」


「召喚者の人数は決まっているから、イレギュラーで知らない人間が時計を持って違う場所に召喚されたって可能性は無い訳か。しかしそうすると、今までの奴はどうやって時計を手に入れたんだ? 俺はどうせこっちで死んでいるだろうからな。召喚なんて出来ないぞ」


「その真相が分かる日は永久に来ないだろうな。ただその場合、俺が2つ入手したって可能性が高い。多少値は張るが、転売って形もあるしな。それで正規に手に入れた時計をお墓に安置して、もう片方を俺が持つ。自分の性格を分析すると、そんな感じなんだよ」


「タイミング的に、それが届いたとは思えないがな」


 そう言えば先輩の墓参りをした帰りにあの事件が起きたのか。だが――、


「あれですぐに社会が停止して訳じゃないからな。すぐに注文していれば余裕はあったさ」


「だとしたら、運送屋のプロ意識に感謝だな。まあそんな話はどうでもいい。状況は?」


「最悪の事を覚悟する必要になったって事だけは分かるよ」

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