第426話 抜け殻

 かつては死闘が繰り広げられた大きな穴の跡地。

 そこは完全に埋められたが、クロノスは密かに近くに穴を用意していた。

 上には大きな岩が置かれ、穴自体も狭い。この場所を知る人間は極わずかな召喚者だが、利用できる者となると更に少ない。龍平りゅうへいは数少ないそんな一人だ。


 上の大きな岩を片手で持ち上げ、ジャンプして真っ直ぐに下まで落ちる。

 本人はそのまま落下していくが、岩はまるで動いていなかったかのように、ドスンと元の位置に収まった。

 高さは30メートル程度。岩をどける事さえできれば現地人でも利用できるが、どうせ次の大変動までだ。

 それに下には、現地人では対処できない恐ろしい存在が待ち構えている。


「待たせたな」


 背中に荷物を背負ったまま、龍平りゅうへいは音もなく着地した。


「あれからセーフゾーンの主共は来たか?」


「この周辺はあの時にもう全て処理されています」


「問題ありません、ご主人様」


「ならいい。それで見て欲しいのはこれなんだが」


 そういうと、龍平りゅうへいは背負っていた荷物を下ろすと、布で厳重に巻かれていた包装を剥がす。中身は言うまでもなく、かつてブラッディ・オブ・ザ・ダークネスと呼ばれていたものだ。


「これはまた」


「よくこんな物を持っていたものですね」


「ご主人様の物持ちの良さに呆れました」


「ミリー、そこは感服致しましたですよ」


「お前ら思考は繋がってないのか。分身だから中身は一緒だと思っていたが」


「分身するまでは同一ですが、分かれたら別物ですよ、ご主人様」


「だからあまり増えると問題が出ると……」


「ああ、それは聞いたな。それで、これは何なんだ? 珍しい代物なのか? 迷宮ダンジョンって所は意外と同じものが出するからな。これもそんな類かと思ったんだが」


「ご主人様、これはセーフゾーンの主です」


「正確には、とっくに異物となった後に死んだ抜け殻ですが」


「ですから、これと同じものはこの世に存在いたしません」


 その言葉は、龍平りゅうへいにとって想像すらしていないものだった。


「いつ頃死んだのかはわかるか?」


「いつどこで死んだのかなど聞いた事もありませんが」


「様子から見て300年くらいは経過していそうな感じですね」


 ……どういう事なのか、やはり予想すら立たない。

 実はここは過去ではなく、あの頃から300年後……は無いな。ヤツは粉々に吹き飛んだのだから。

 ここはクロノスに任せるか?


「これはただの死骸で、何の力も無いって事か?」


 セミの抜け殻の様なものだろうか?

 しかしそれなら、なぜそんな物が動いていたのか。

 そして敬一けいいちを助け、自分と敵対したのか。


「完全に影響が無いとは言い難いです。一応はセーフゾーンの主であったものですから」


「何でだ? ただの死骸だろ?」


「物によってはそれ自体が力を発することは珍しくありません」


「そのたぐいのものです」


 ぱっと思いつくのは放射性物質だが、アスベストなんかもそうか。逆に良い方に作用する物もあるのだろうが思いつかないな。


「要は危険なものって事か?」


「そうとも限りません」


「相性というのがありますので」


「相性が良ければ健康になったり頭が冴えたりと恩恵もあるでしょうし」


「悪ければ夭折ようせつしたり、家族に不幸が及ぶかもしれません」


 やはり世界が変われば常識も様々か。俺は良いか悪いかの片方しか思いつかなかったが、相性ってものがあるとはね。


「それで、こいつはどのくらいの力を秘めているんだ?」


「人間にはほとんど影響は無いでしょうが、やはり人次第かと」


「召喚者には何の影響も与えませんね。小さな虫くらいなら、触れたら死に至るかもしれません」


「ただの虫よけかよ。まあいい、ここからが本題だ。こいつに人間でも召喚者でも良い。そういったものの魂なんかを封じ込めることは出来るか?」


「何のためにですか?」


「俺の知っているこいつは、かつてはブラッディ・オブ・ザ・ダークネスと名乗っていた。ちょっと説明が面倒だが、前の時代では敵対していた。要するに、中に誰かが入って動かしていた訳だ」


「元がセーフゾーンの主ですので、確かに中身が入れば動かす事は可能と思われます」


「ですが、我々にその術はありません」


「そこはリリーとミリーだ」


「失礼しました。リリーとミリーには出来ません」


 ならそういったアイテムを見つけるか、それが出来るスキル持ちが召喚されて来る事に期待するしかないのか。

 本当に、現状はただの虫除けだな。

 あいつクロノスも今回は不要だろうと言っていたが、さてどうしたものか。


「クロノスの奴には俺から説明していくとして、これの保管場所が面倒だな。俺の部屋にでも置いておこうと思ったが、人間に影響が出るのはまずいか」


「召喚者が人間と共存しているのは知っていますが、そこまで気にするのですか?」


 敬一けいいちの奴が言っていたな。俺たちは人間ではなく、召喚者というカテゴリーに部類されるらしいぞ……とな。

 確かにこいつらは、明確に別物として分けて見ている様だ。


「そうだな……倫理とかは今説明しても分からんだろう。一応、召喚者は人間を守っているもんだと覚えておけばいい。それはさておきコイツだ。さすがに大変動を考えれば迷宮ダンジョンには置けないしな。どっかに誰も知らないようなセーフゾーンがあれば良いが、いつ誰に見つかるとも限らないのは困りものだ」


「それでしたら、クロノスより『平八へいはちが何かの理由で場所に困ったら案内する様に』と言われている場所があります」


「いつそんな話をしたんだよ」


「呼び方をお兄ちゃんにするかご主人様にするかで真剣に悩んでいた時です」


 確かに、全く聞いちゃいなかったな。

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