第425話 そろそろ本格的な準備の頃だ

 新たな召喚者12人が地下に研修に向かった頃、丁度入れ違いになるように龍平りゅうへいが召喚庁の執務室にやって来た。


「遅かったな、平八へいはち。例の双子はどうした?」


 実際にはもう双子でも何でもない事は分かっているが、まあ習慣というものだ。


「二人っきりなんだから、その名前じゃなくて良いだろうが」


「2種類の名前を使い分けるとボロが出るからな。一応、言葉にする時は平八へいはちで良いだろう。それともダークネスさんとでも呼ぶか?」


「そいつは俺かどうかの話はもう終わったろうが。あれは俺じゃあない。いつかその名を名乗るかはともかく、今俺が名乗っても仕方ないだろう。というより、その思考は浮気のコツか?」


「ほっとけ。何度も言うが、俺の心は常に奈々ななにあるんだよ」


「それをあの――いや、いいか。まあ平八へいはちで問題無いだろう」


 言いかけた言葉は俺にも分かっている。他の女性もそうだが、亡くなったケーシュと過ごした日々は本物だった。決して奈々ななの代わりとか二番目とかじゃない。

 その辺りは難しいな。

 まあ、世間的には浮気者と呼ぶんだろうが。


「それでさっきの話だな。双子って言うのもおかしいが、一応は地下に置いてきた。さすがにここまで連れてくるわけにもいかないからな。二人一組なのは、何かあった時にもう片方がすぐに複製できるようにらしい。だが地上だとそうもいかなくてな」


「ただの分身だから問題無いと聞いているが」


「本物が異物になるわけじゃないが、地上に出た分身は迷宮ダンジョンの加護を失うそうだ。分身も作れなければ戦闘力も無し。まあいるだけだな」


 うわー、役に立たねぇ……とは思うが、知識だけで十分ではある。だけどそれは、こちらから出向くべきだな。

 それにしても、分身が動くだけで他のセーフゾーンの主が引き寄せられてくるわけだしな。本物はさぞかし強いんだろう。

 いざという時には期待したいところだ。まあ『そこまでの義理は無い』と言われるのがオチだが。


「それで、これからの方針は決まったのか?」


「実はもうほぼ確定していると言って良いな。ダークネスさんを見てもらおうとは思っているが、多分必要ないだろう。一応、何かの参考になれば良いか程度さ」


「どうするつもりだ?」


「俺やお前、奈々ななや先輩が召喚されて来るのは待たない。もし召喚されてしまったら、その時は運命と思って諦めよう。だがそうでなければ、後2回ほど召喚するかしないかくらいでの戦力具合を見て、攻勢を掛けようと思う」


「随分と思い切ったな。一応、理由を教えろ」


「一つ目が、今の召喚のペースが相当に遅い事だ。この情報源はお前だぞ」


「まあそうだな。あの頃は……一応教官組が目を光らせていたが、あくまで名目上と、なにより現地人とのトラブルを起こさないようにだ。召喚者同士の殺し合いやアイテムの奪い合いは容認していたし、教官組も死んだ奴は力不足だっただけだと思っていた節がある。ただ甚内じんない教官やフランソワ教官はそうではなかった気がする。あの人たちは慕われていたよ」


 間接的に木谷きたにが慕われていなかったと言っている感じだが、まあそうだろうな。


「フランソワは大体分かるな。だが甚内じんないって人間には会った事が無いんだ。それで一ツ橋ひとつばしはどうだったんだ? 今のところは良い関係を築いている様なんだが」


「分からん。名前は聞いていたが、会ったことは無い。教官は6人と言われていたが、俺にとっては4人と変わらないな。だがスキルによっては一ツ橋ひとつばし教官の元で働く奴も居たって話は聞いた」


 召喚する為の塔の研究にも携わっていた人物だ。特殊な立ち位置だったのかもな。

 それと木谷きたにと面識があった事を考えると、三浦凪みうらなぎ

 荒木幸次郎あらきこうじろうとは会っていないのか。

 当時の龍平りゅうへいは新人の下っ端だった事を考えると、あまり驚く事でもないが。


「話がずれたが、ようするに召喚者は消耗品。ドンドン使い潰されていったのが実情だ。余計な知恵や脅威となる力を付ける前に、さっさと処分していった感じか。当然のように召還頻度も多かったようだ」


「そういう事だ。だけどこの短時間で、俺が名を知っている人間が多く召喚されている。おそらく俺の知識や経験と関係があるんだろうが、それを差し引いても以前の世界とは召喚ペースが違いすぎる。よほどの偶然が無ければ、高校生の俺達が召喚されてくるのはずっと先だ。奴が地上に攻勢をかけてくるまでに、間に合わない公算が高い」


 それはつまり、奴が地球人を召喚する事を止められなかったという事だ。


奈々ななだけはひょっこりと召喚されてきたがな」


「あれは例外と考えて良いだろう。もしかしたら、俺が心の底で求めていたから召喚されたのかもかもしれないと今でも思っているよ」


「センチメンタルだな」


「実体は闇の中さ。さて話を戻すが、召喚ペースが遅くなった事で大きな利点も出来た」


「ほお?」


「お前が今言っただろう『余計な知恵や脅威となる力を付ける前に、さっさと処分していった感じ』だと。だが今は違う。生き残った召喚者は、新人とはもう比較にもならない。それこそセーフゾーンの主が人間とは見なくなる程に変化しているわけだ」


「言いたい事はおおよそ分かったが、上手くいくのかね。そのベテラン共が、双子に追随してきただけの奴に何人もやられているんだぞ」


「そうだな。ここで物語サーガの主人公だったら、『ただ一人の犠牲も出さずに勝利して見せる』とでもいうべきなのだろう。だけど俺はもう嫌というほど現実を知ったよ。人の力には限界があるとね」


「……」


「だが神になろうって話じゃないんだ。その限界が、必要なラインさえ超えればそれでいい。元々超える予定だった。だが双子が加わった事で、その線は確実に越えられるだろう」


「それで倒せるという訳か。しかし以前言っていたな。自分が召喚されるまで待たないと、この歴史のループが終わってしまうと。それはどうするんだ?」


「その点はもう解決したよ。いや、俺達がさせたんだ。誇っていいぞ。まあそんな訳で、お前はダークネスさんを双子のところへ持って行ってくれ。それとこれからは忙しくなるぞ。千鳥ちどりたちにはもう話したが、今まで以上に新人教育に力を入れる。彼女のチームも、どうせ今のままではこれまでのように活動できないしな」


「詳しい事はわからんが、まあ任せるさ。それじゃあ俺はこいつを持って行くとしよう」


「絶対に成功させような」


「どうせ何年とか何十年後とかの話だろう。まだ早い」


 そう言い残し、龍平りゅうへいは風のように去って行った。梱包済みのダークネスさんを担いで。

 さて、こちらも色々と準備しないとな。

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