第424話 教育しながら出口へと

 その龍平りゅうへいはと言うと、相も変わらず言葉や態度、表情などを教えるかたわら、相手からの質問にも答えていた。


「それでご主人様。召喚者ってどんな存在なのですか?」


「元々は地球人――というか日本人だな。クロノスの奴が召喚しているんだ。その位は知っているだろ?」


「はい、その程度の事は」


「その日本という地に住む者は、やはり全員スキルを使えるのですか?」


「召喚者のスキルを見るに、治安の維持は大変に思えます」


「ちょっとした喧嘩で、大勢の人間が死んだりするのですか?」


「そうか。それは少し勘違いをしているな。俺たちの世界にスキルは無い。あるのは物理法則と、それを利用した様々な文明だ」


「そこはこちらの世界にもありますが」


「だが大変動を起こし、迷宮ダンジョンやお前たち住人を作り替える妙なエネルギーに覆われちゃいない。まあスキルなんかもそれの作用なんだろうが、俺たちの世界には無いんだ。まあある意味、澄んだ世界とも言えるな。だから科学化学かがくばけがくはこっちよりも発展している。全部が全部ではないが」


 実際にこの世界の外は怪物モンスターだらけだ。

 そんな中で、数千メートルの壁やビルを作る技術はさすがに無い。

 地震や台風などの自然災害を考えなければ、作る技術自体はありそうではあるが。


「そうだな……分かりやすく言えばあの空に浮かぶ月。あそこに人間を送ることが出来る世界さ」


「召喚者ならいつかは自力で行きそうですが」


「だから俺たちは向こうじゃ普通の人間なんだって」


「ではリリーとミリーがそちらの世界に行ったらどうなると思いますか、ご主人様」


「百パーセント異物になるだろ。向こうにゃ迷宮ダンジョンなんて無いからな」


迷宮ダンジョン無しで生活できるなんて考えられません」


「そりゃお前たちの常識での話だ」


 まあ、俺だって火や電気の無い世界で生活しろとか言われたら同じ事を思うか。

 だけどこの世界は俺たちの世界ほどそれらを利用していない。

 それでも人類は普通に社会を築いている。迷宮ダンジョン産のアイテムや素材という別の物を利用して。

 人間が発展しているなら、必ず何らかの代替品があるって事だな。

 といっても迷宮ダンジョンの代わりは向こうにゃないわけだし、同じ次元では語れないか。


「それと常々不思議に思っているのですが、クロノスとは何者ですか? それとご主人様もですね。お二人とも、普通の召喚者とは違うようにお見受けします」


「そんな事も分かるものかねぇ……意外と――というのもおかしいか。ただの分身のくせに、お前らの実力は相当なものだったしな。まあ見立て通りだ。俺たちは普通の召喚者とは違う。今までも過去の話はしていただろう?」


「まるで意味が分からなかったので聞き流していました」


「あまり難しい事を言われると、リリーもミリーも困っちゃう」


 こいつらお子様のような見た目のくせに良い根性しているじゃないか。俺より敬一けいいちの好みだろう……が、時代が変わった事であいつは同じくらいの年齢だった彼女を失っている。その辺りの話はタブーだな。

 ん? そういやあの子幾つだったんだ?

 直接会った事は無いし奴隷の資料も詳しくは見ていなかったが、記録映像だと7か8か 9か……いや、深くは考えないようにしよう。あいつのためだ。


「まあ簡単に説明すると、俺たちは一度召喚された。だが日本――まあ故郷に帰ったんだよ。しばらくは平和に過ごしていたが、そこに奴が現れた。俺たちが本体って呼んでいる奴がだな。そんで、そいつと戦っていたらまたこの世界に呼び出されたわけだ」


「外に対してはそれなりに情報を持っていますが、これまでの歴史で日本という世界から召喚された例はありません」


「クロノスが最初ですね。ご主人様」


「だから過去って言っただろ。最初に俺が召喚された世界は、大月歴の254年だった。その後は俺とクロノスは日本に帰り、クロノスが召喚されたのが大月歴の133年。俺が召喚されたのが143年。そして今が171年だ。だから俺たちの言う過去ってのは、お前たちにとってはずっと未来の話なんだよ。だけど当時確認した歴史と今の歴史は全く違う。驚くほど変わったものだと思うよ。それでもしっかりと以前の歴史を覚えている。そう言った意味でも、歴史は分岐しているわけだな」


「確かに、過去が変われば今の記憶が書き変わっていてもおかしく無いですね」


「まあその辺の事は分からねえ。クロノスでも分からないんだから、俺には一生わからんさ」


「随分と買っておられるのですね。そうは見えませんでしたが」


「弱みは見せたくねえ。まあそういった関係なんだよ」


「意外と複雑なのですね」


「ただの従者かと思っていましたよ、ご主人様」


「その言葉遣いはダメだな。ただ何処がと言うとめんどくせえな……。だがまあ、考える事は実際あいつに全部任せてあるんだ」


「クロノスの考えなら絶対に大丈夫だと?」


「教祖様じゃねえんだ、そんな脳死で付いて行っているわけじゃねえ。間違える事だってあるだろうよ。だがここまでの知識量が絶対的に違うし、判断も的確だ。ミスる可能性は俺よりもずっと少ない。だから下手な考えで勝手に動くよりも、あいつの思うがままの駒になってやろうと思ったのさ。どっちにしろ、個人の力でどうにかなる相手じゃないってのは分かったしな」


「では確実に間違っていると確信したら?」


「その時は倒してでも止めるさ。だけどそうだな……そんな日は絶対に来ない」


「やはり全幅の信頼が?」


「違うよ。あいつが完全に失敗した時に、俺が生きている可能性は無いって話だ」


 そんな話をしながら龍平りゅうへいが地上に出たのは、クロノスと別れてから2か月近くが経過してからの事だった。

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