第422話 すまない龍平

 被害を考えたら、そうのんびりとはしていられない。

 すぐさま召喚と行きたいが、事情を知るこの3人は許してくれるだろうか?


「考えている事は分かる。私は召喚すべきだと思う。私はまだ例の本体ってのには会っていないけど、今回出た奴よりも強いのでしょう?」


 相変わらずスキルで心を読んでいるんじゃないかと疑いたくなるほどに風見かざみは鋭い。


「それに関しては間違いないな。付け加えるなら、奴はあれでも相当に弱っているんだ。外に出て異物になった瞬間、明確に弱体化しているからな」


「でも、そんな状態でも地球は滅ぼせるんだよね」


「天敵がいない点が大きいだろう。ここに居る3人はもう知っていると思うが、磯野いそのたちが奴の動きを追っている。結論から言えば、奴は常に地下にいる。確かに強いが、倒せないって程でもない。迷宮産の武器で武装した万単位の兵士がいれば、この世界の人間にだって倒せるだろう」


「でもそれをしても、過去に戻るだけです」


「それでも、俺に倒されたことは相当に不快だったようだ。やっぱり殺されるのは気分の良いものではないしな。しかもなんだかんだで、あれが生涯初めての死だったらしい」


「クロノス様はしょっちゅう殺されているのにね」


 児玉こだまは面白そうに笑うが――、


「茶化すなよ。大体、実際には死んじゃいない」


 場の雰囲気を変えたかったのだろうが、今は真面目な話を継続だ。

 まあ確かに外しているとはいえ、死ぬ寸前はかなり不快なんだけどね。痛いし。


「そんな訳で、奴は発見を恐れて地下にいる。だがそれはそれで、迷宮ダンジョンの加護を受けた連中とのせめぎ合いだ。感染させて同類を増やすことは出来るが、増えた端から別の怪物モンスターに襲われている。それでもゆっくりとだが勢力は伸ばしているのが頭痛の種だが、やはり地球ほどではないな」


「外に出ると異物になって弱くなるみたいな話は前から聞いていたけど、それでもあいつらよりも強いって言われるとねぇ。もし迷宮ダンジョンに居たままなら、実際はどれほど強かったのやら」


 どっから見ても戦いたそうな顔をしている……なんか児玉こだまに変なスイッチが入っているな。まあそんな機会はないが、あったとしても戦わせないぞ。


「それで、平八へいはちと金ロリはどうしたですか?」


 千鳥ちどりの口から普通に金ロリとか言う言葉が出てきて驚いたが、まあ今まで生きてきた時間よりもこっちで長く生活しているし、色々覚えてもおかしくはない。


「あの双子なら――というか実際にはいくらでも増えられるようなんだけどな。今は平八へいはちが人間界の常識を教えながらゆっくりとこちらに向かっている状況だ」


「ちょいまち。それって、あれは外に出るつもりなの?」


「いや、あれはただの分身だそうだ。別に差し支えはないらしい」


 実際にはあるらしいが、じゃんけんでもして担当を決めるのだろうか?


「なら問題無いです。でもいかにも怪物モンスターなあれをラーセットに入れるのは難しいです」


「だろうな……」


 それで前の世界では、ダークネスさんは完全に孤立した行動をとっていたのか?

 そしてそれは、当然ながらクロノスも知っている。

 もしそうなら、あの村の皆もかなり詳しい事まで知っていてもおかしくは無いのか。


「当面は平八へいはちは郊外に待機だ。丁度いい場所を知っていてな。そこでしばらく生活してもらう事になるだろう。必要なものは俺が運びながら連中と交渉する。詳細が決定するまで、あの双子の件は他言無用だ」


 言うまでもなく探究者の村になる前のあそこだ。小さいながらもセーフゾーンもある。

 地下経由で行けば、どの分身が異物になるかで揉める事もないだろう。


「それはいいけど、肝心な事を言っていないよ。平八へいはちさんが連れて来るって事は味方だよね? でも何で?」


 児玉こだまの言葉に二人とも注目する。さすがに風見かざみでも、そこまでは分からないか。


「奴を倒す為に共闘する事になった。と言っても、情報面ではあまり期待できなかったな。だが戦力面では役に立つだろう。詳しくは――」


 俺は、地下で出会ってからの話を全て伝えた。包み隠さず全てな。

 俺が見落としている事だってあるかもしれないし。

 だが――、


平八へいはちさんがねぇ……」


「まあどっかそんな所があったよ」


「ロリコンだったですね。でも確かにそんな目をしていたです」


 3人が気にしたのは龍平りゅうへいの事であった。

 すまない……俺にはお前を守ってやることは出来なかったよ。





 ※     ▽     ※





 その頃、龍平りゅうへいは双子――というより2体の分身を連れてのんびりと歩いていた。

 本気で戻れば数日の距離だが、1ヵ月以上は掛けてじっくりと進む予定だ。

 何せ、教える事は多い。

 ただ意外な事に、人間界の常識に関しては非常に詳しかった。

 細かな文化的な知識に関しては、龍平りゅうへいよりも知っているほどだ。


「案外、人間に詳しいんだな」


「はい、ご主人様」


「人間は外から侵入してくる生物の中で、最も多い種類です。しかももはや異物でしかないのに、一部は再び迷宮で生活している不思議な生き物です」


「それ故、我らは不気味なモノとして人間の警戒を怠ってはいません。その一環です」


「その口調は固すぎる。”それ故”などいらん。何処の大御所だ。それにお前の一人称はリリー。そっちはミリー。我らなんて呼び名はなしだ」


「それじゃあ、二人を同時に示す場合はどうするのですか? ご主人様」


「ミリーだったらミリーとリリー。リリーだったらリリーとミリーだな」


「それに意味はあるのか? 大体、最初に名付けてからここまで一度も間違えていない。完全に同じ分身なのに、よく見分けが付くものだ」


「ほら、急に真顔にならない。常に子供らしい表情を忘れないように」


 一部の常識などは教える必要が無かったとはいえ、口調や仕草などに関しての教育は忘れない。

 見分け方は龍平りゅうへいからすれば簡単な事だった。

 二人同時に行動しているが、常に万が一のバックアップ――つまり増殖が出来るようにしている。二人同時に倒される事は避けているわけだ。

 だからピッタリ並んでいるように見えても、しっかり前衛後衛の役割分担をしている。召喚者として極限近くにまで成長している彼から見れば、その微かな差も一目瞭然であっただけだ。

 特に教えることはしなかったが……面倒だったので。


「それで、前の時代の歴史に関しては全く分からないんだな?」


「うん。だってミリーとリリーからすれば、一度も過去になんて戻った事は無いんだよ」


「この世界に誕生してから今まで、ずっと歴史は続いているよ」


「そこは続いています、ご主人様……でもいいが、まあそれでもいいだろう」


 しかしそうなると、やはり前の世界に別の俺がいたかは分からないか。

 敬一けいいちは有り得ないと言っていたが、ならどうして、あいつは俺の内面をあんなにも理解していたんだろう……。

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