第417話 不思議な呪文は置いといて

龍平りゅうへい……お前遂に頭が」


「違う! こいつらの口調が気に入らないだけだ! 何だ今までの事務的な口調は! そんな事が許されるのか? そんな訳あるまい。ちゃんと姿に見合った言葉というものがある。それを教えていただけだ!」


 手足が無くなっても、あの元気なら問題なさそうだ。

 多分応急処置くらいはしてあるのだろう。

 というか、そういやこいつは地球に戻った後、先輩の軌跡を追う過程でゲームにのめり込んでいた。多分その手のゲームもやり込んでいるのだろう。

 案外、今の木谷きたにと話が合うかもしれんな。

 よし、放っておこう。


「お前がオリジナル……ではないな。もっと希薄な存在だ。分身か残影の様なものなのか?」


『そのとおりだ しょうかんしゃよ』


 あの時の本体とは違う。もっと言葉にならないような音。雑音と言っても良いな。

 一応は言語の様だが、黒板を擦っている様な不快感がある。

 面倒だが仕方がない。この不快感は外そう。大事なのは内容だしな。


「俺たちに用があって呼び出したのか。なら敵対する気はないと考えていいんだな」


『そのとおりだ しょうかんしゃよ』


「だが分からんな。お前は奴の影の様なものではないのか? 全く無関係な別人には見えないのだが」


 その点に関しては間違いないだろう。

 こいつには本体ヤツと同じ感覚がある。外見も全く同じだ。

 だが同一個体かと言えば百パーセント違う。意味が分からんな。


「その質問にはこちらで答えよう」


「“それはあたしが応えるね、はーと”だ。お前たちの言葉は、まるでなっていない!」


「お前はちょっと黙っていろ。言葉に関しては、もう一人と好きなだけ調節していてくれ。幸い二人いるんだしな」


 そんなわけで――、


「本題に入ろう。先ずは先程の質問からだ」


「こちらは大元の体が事故で外にはじき出される前に、この世界に残した欠片と言うべきだな。何の力も無い。存在はあるがしていないのと同じだ」


 すると、奴は外に出て異物となったまま、元のセーフゾーンの主には戻らなかったのか?

 いや、ただ単に時間軸が違うと考えるべきか。


「それで、今回は何で俺を呼ぶ気になったんだ? そのつもりがあるのなら、もっと早くても良かっただろう」


 言いつつも、この質問は虚しい。丁度こちらの状況が向こうの都合に合致したというだけだろう。

 まあ知りたいのは、どの辺りがお眼鏡にかなったのかだな。


「その点に関してはさほど意味の在る話では……では……じゃ……意味がある話じゃないんだよ、お兄ちゃん。えっとね……」


 そう言って顎に人差し指を当てて首をかしげるポーズをとるが――、


「違う!」


 今度は俺が叫ぶ番だった。


龍平りゅうへいはまともに会話していないから知らないだろうが、この双子はこんな媚びた口調や仕草では無い! それにもっと無口で、一歩引いた存在だった。お前が教え込んでいる言葉や態度はメイド喫茶やイメクラと同じだ。あえて言おう! 断じて違う!」


「それはお前の知る双子だろう。歴史を変えて良いのなら、この世界はこの世界で変化があって当然だ!」


「お前とは分かり合えないようだ」


「俺も分かり合うつもりはない!」


「……もう続けてもいいか?」


「ああ、すまない。それとこの席ではその口調で頼む。さっきの口調はイラつく」


「イラつくとは何だ! 正統派金ツインゴスロリ妹系のテンプレだろうが!」


 若い頃の体を鍛えていた準イケメンな頃だったら違和感バリバリな言葉だが、今の龍平こいつだと自然に感じてしまうのはなぜだろう。

 だが今は心底どうでもいい。


「何か妙な呪文を唱えているが気にしないでくれ」


「そうしよう」


 そんな訳で、再び龍平りゅうへいにはもう片方の相手をしてもらい、こちらはこちらで話す事になった。


「こちらの欠片は長い事放置され、誰も気に留めるものがいなかった。お前も先程触れた時に分かったのではないか?」


「ああ、確かにな」


 こいつは確かに奴と同じだ。ただ違う点は、これは異物ではない。一応はこの迷宮ダンジョンに守られた存在だが、何と言うか本当に影というか、蜃気楼のような存在だ。

 それにこいつには、自分の意思と呼べるものが無い。


「見ての通り、これは分身とも呼べない程度の存在だ。今まで放置されていたのも、セーフゾーンの主ではありながら我らと同じ根無し草だった点。それに動かぬし、何をするわけでもない。ただあるだけだ」


「ちょっと待てよ。何でそんなものをわざわざ残したんだ? 意味があるとは思えないが」


「これは単なる伝言用の物。お前たちの言うメッセンジャーという奴だな。無視しても良かったし、実際千年以上放置されてきた。我々が興味を持ったのも、単なる偶然に過ぎない」


「参考までに、どうして興味を持たんだ」


「いつも偉そうにしていたこいつが、こんな姿になっていたのがたまらなく面白くてな」


 この双子、案外ひでー性格しているわ。

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