第416話 遂にここまでおかしくなってしまったのか

 一体何日移動したのだろう。さすがに元々時間の感覚が曖昧だが、こうも不規則な行動をするとますますおかしくなってくる。

 さすがに10日は経っていないと思うが。


 双子の片割れはこちらの移動速度に慣れて来たのか、速度を合わせてくれるようになった。

 そして移動しながら素早くダンゴムシを捕まえると、ポイとこちらに投げてくる。

 要はこれを食べながらついて来いという訳だ。言っておくが、こいつは猛毒もちだぞオイ。

 普通の人間だったらあの服の中にダンゴムシを泣くまで詰め込んでやりたいところだが、まあ効かないだろうな。何と言っても――ん?


「お前、さっきセーフゾーンの主が移動すると、他の奴も付いてくるって言っていたな」


「随分間の空いた“さっき”だな」


「俺たち召喚者にとってはそうなんだよ。けどそうなると、お前もセーフゾーンの主なのか?」


「そうではあるが微妙に違うな。だが勘違いしても仕方がない」


「どういう意味だ?」


「我らは分身だ。本体は他にある。だが似たようなものだからな、勘違いする個体もあるだろう」


「分身と言う事は、本体は別にいるって考えていいんだな?」


「そうだ。かつてはセーフゾーンの主とお前らが呼ぶ存在だった。もっとも、我らは元々最初のセーフゾーンを捨てて久しい。お前たちの言葉で言う所の根無し草というものだ」


 ――また随分凄い言葉を選んだな。

 だがそんな事よりも――、


「そのお前たちが主と呼ぶものが少し気になってね。セーフゾーンの主同士でも、上下関係ってあるのか?」


 だとしたら、黒竜が言うほど自由じゃねーぞ。


「本来は上下など存在しないし、厳密に言えば今も存在していない。だが今回の一件は、ある者が提案して我らに協力を求めてきた案件だ。よって、発起した者を主と呼称しているだけにすぎぬ」


 頼んできた相手が主ってのも変な話だが、要は議長というか、暫定リーダーと言うか、そんな感じかな。

 しかしどんな奴なんだろう?

 100パーセント黒竜じゃない。となると、会った事の無いセーフゾーンの主か。

 コイツらは単純に力に従うって存在じゃない。というか、そもそも死ぬ事を恐れない連中だしな。

 だから発起者とやらが強いとは限らないが……。


「そろそろ到着するぞ」


 そう言えば、見た事の無い怪物モンスターの死骸がちらほら見えるようになってきた。

 みっちりとダンゴムシのような死体漁りスカベンジャーが張り付いている所が不気味だ。もっとも、もうすっかり見慣れた景色ではあるが。

 しかしあれはもしかして――、


「あれもセーフゾーンの主か」


 うわあ、考えて見ればこうやって移動しているのだから当然か。

 もしかしたら、今根無し草のセーフゾーンの主が続々と集結中じゃないのか?

 なんか行くのが嫌になって来た。


「問題無い。とうに死んでいる」


「見りゃわかるよ」


 俺を気遣ってくれたのかもしれないけれど、ちょっとずれているな。

 いや、でも倒したのはこの子じゃない。なら新しいのは来ていないって事か?

 なら問題無いという言葉も、あながち間違いでもないのか。


「そろそろ到着するぞ」


 何だろう。知らない気配だ、それは間違いない。

 だけど知っている様な、そんな不思議な感じもする。

 前の世界で会ったのか?

 うーん、まあ到着すればわかるだろう。





 ★     □     ★






 連れていかれた先は、レンガで作られた壁の様な場所だった。

 だがスキルで分かるが、こいつは1枚じゃない。何重にも重なった壁で、しかも開けるにはそれぞれ特別な手順が必要だ。

 こういったセーフゾーンは怪物モンスターが入って来られないから、見つけると喜ばれる。こちらも入る方法を探るのは一苦労だが。


龍平りゅうへいも中にいるな」


 気配で分かる。しかし随分と大人しい感じだ。いつもの燃え盛る太陽のような感じはしない。弱っているのか?


平八へいはちではなかったのか?」


「俺だけ密かに呼ぶあだ名の様なものだよ」


 そういった点も気にするのか。人間の名前などに興味は無いと思ったが、意外だったな。

 というか、そんな事までお見通しか。敵であったらマジで相当に厄介そうだ。

 龍平りゅうへいには悪いが、逃げる事もしっかりと考えておこう。


 そうこうしている内に、双子の片割れはテキパキとレンガの壁を開いていく。

 その様子は、まるでパズルをクリアしていくようだ。

 そしてその扉が全て空いた時、中の様子が目に飛び込んできた。


 様々なものが視界に映る。

 だがそれを一つ一つ吟味するよりも前に、俺は目の前にいた存在に襲い掛かっていた。

 自分でもここまで短慮な行動に出たのは初めてかもしれない。

 だが自分を責める気にはならない。なぜなら、そこにいたのは忘れようもない、あの麦わら帽子を二つ合わせたような青白い球体。倒すべき本体だったのだから。


「何のつもりかしらんが――」


 その表面に触れ、外す。先ずはバラバラにだ!

 だが効かない。全く――それこそかすり傷一つ付かない。いや、そもそもそれ以前に――、


「お前は――なんだ?」


 これはあるようでない。触れはするがここには無い。まるで影法師……そう、俺がスキルを使いすぎるとなってしまうと言うアレ。

 そして実際に、一度はそうなってしまった存在そのものだ。


「こちらが今回、お前を呼んだ者だ。お前達が何と呼んでいるかは知らぬがな」


「違う!」


 双子の言葉をかき消すような絶叫が狭い部屋に響く。龍平りゅうへいの声だ。

 そう、レンガの壁を越えた先は、精々一面10メートル程度の狭い部屋だった。

 部屋の形状は、おそらく六角形か。天井までは30メートルほどあるが、俺や龍平りゅうへいに取っては無いも同じだ。


 その龍平りゅうへいは、両手両足をもがれて壁にもたれかかっていた。

 叫んだのだから死んではいない。というかまだ元気はある。さすがにしぶといな。

 だけど違う? 先に到着していたんだ。何か知っているのか?

 大体、この状況が平和的な話し合いの場とは思えない。だが、龍平りゅうへいの続く言葉が俺を絶句させ、思考を停止させた。


「『この人がお兄ちゃんを呼んだんだよ。みんなが何て呼んでいるのかは知らないけどぉ……』だ! いい加減に覚えろ!」


 お前は何を言っているんだ。

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