第415話 大人しく付いていくしかないけれど

「ギリギリ間に合ったといった様子じゃないな。お前は俺が来る前に持尾もちおを殺せただろう。なぜだ? 嬲り者にしていたといった様子でもないが」


「気を付けてください……クロノス様……そいつは……」


「ああ。強いのは分かっている。だがこちらを殺す気もなさそうだ。竜……平八へいはちはどうした?」


「もう片方を追って奥へと行きました」


「なるほどねえ」


 ポケットに入れていた丸薬の袋を、ポイと持尾もちおに渡す。

 まあ丸薬といっても、毎度のように俺が潰されたのでいつもの粉末だが。


「高級品の飲み薬は全部割れてしまってな」


 もう持ち歩かない方がいいんじゃないだろうか? 一瞬そんな考えが頭を過るが――、


「一応それでも治るだろう。見たところ、致命的な傷は与えられていないようだしな。戦う必要は無いから、お前は一度地上に帰れ」


「しかし!」


「しかしじゃない。帰るんだ」


「……了解です。ご武運を」


 納得していた様子はなかったが、決断も早かった。

 ベテランというとこもあるがそれ以上に――、


「お前は誰も殺してはいないな」


「わざわざそんな事をする必要はない。無力化するだけなら幾らでも手段はある」


 やはりそうか。あの状況を見る限り、殺す気があるのならわざわざ奥へと戻る必要が無い。

 あの場で戦い、龍平りゅうへいが来ても相当な犠牲者が出ていたはずだ。

 戦いを回避したと考えて良いのだろうか?

 それにしても、あまり抑揚のない機械的な声だ。

 かなり意外に感じる。以前に出会った双子は、口数は多くなかったが子供っぽい感じだった。別人か?

 そうとは思えないけどな。


「それで、俺を誘うためにあれだけの戦力を用意したのか?」


 持尾もちおがそこまで考えていたかは分からないが、少なくともあの戦場にいた強敵ってだけで丹羽静雄にわしずおの仇には違いないだろう。

 だが直接の関与はない。あったらあそこまで素直に帰ったりはしない。

 しかし事の引き金がこいつだとしたら、やはり状況がまた一転する。


「あれらは道が出来たから――ん、なんだ?」


「どうした?」


「……面倒だ。本当にそれが必要なのか? 人間の? そいつといいこいつといい、ここまで変化したらもはや人間の枠には収まらないだろう」


 ――誰と話している?

 こいつの主人か?


「ん、分かった。話は終わったよ、おにいちゃん」


 腰をくの字に折り、上目づかいで潤んだ瞳をしながらこちらを見上げてくる。

 突然の変化に脳が付いて行かず、意識せずに一歩下がってしまった。


「いや待て、誰だお前。中身が変わったのか?」


「こちらの召喚者は反応が違う。本当に正しいのか? ……確認した。それでは連れていく」


 また元に戻ったぞ……どうなっているんだ?


「話はまとまったのか?」


「我らの主がお前を呼んでいる。大切な用件であり、お前にとっても重要な事だ」


「面白い。ならば会わせて貰おう。お前たちの主とやらにな」





 ★     ☆     ★






 ゴスロリ幼女が跳ねるように移動していく。

 いやもうあれは跳ねるとかじゃないな。壁でも天井でも、足場になる所に当たると角度を変え速度を上げて移動する。まるでピンボールの玉だ。

 付いていく方の身にもなって欲しい。

 俺は距離を外しての移動がメインだったから、召喚者と言っても特別に足腰が鍛えらているわけじゃないんだ。

 ましてや龍平りゅうへいの様に肉体を強化しているわけでも、持尾もちおのように移動に使えるスキルを持っているわけでもない。


「遅い! それでも召喚者の主か」


 向こうはこちらの事をよくご存じの様で。


「今の内だ。さっきの質問に答えてもらおう。連中を地上へ誘導したのはお前達か?」


「先ほど応えたろう」


「途中でうやむやになっている」


 うん、会話をするために声が届く範囲に移動速度を押さえたな。これで少しは落ち着ける。


「小物共は、道が出来たから勝手に移動しただけだ。奴等は異物を狩る習性がある。匂いでそれを察知し、向かったのだろう」


「出れば自分達が異物になるのにか?」


「その様な知能を有する者はあそこにはいかない」


 つまり脳筋だけがあそこに集まったわけか。

 とはいえ――、


「セーフゾーンの主は全員知恵があると聞いているがな。あいつらはどうなんだ」


「おおかたお前が黒竜と呼ぶものから聞いたのだろう。それは間違ってはいない。ただ単純に、彷徨うものは他のセーフゾーンの主を見つけると付いていく習性があるだけだ」


「なぜ?」


「フリーのセーフゾーンが見つかった時、奪い合う為だ」


 実に分かりやすくて結構だ。

 ならあの巨大ダニの奴はパニックになっただけで、放置していたら外には出なかったかもな。まあそういうふうに誘導したのは俺だが。

 とはいえ、その方が迷惑だ。迷宮ダンジョンの中に籠っていられたら、一体どれ程の犠牲者が出たか分からない。


「一つ聞きたいのだが、いいか?」


「構わない」


「召喚者を殺さなかったのは、俺との交渉をするためだろう。人間の形態なのは、穴の出口で人間か召喚者と出会っても、まず言葉から入れるからだ。そこまでは合っているかな?」


「ほぼ正解だが、聞きたい事はそれではないな」


「ああ、今のは確認だ。では本題に入ろう。お前の主は、そうまでして人間と何の取引をしたい?」


「到着すればわかる事を、今聞く必要もあるまい」


 事前に整理しておきたかったんだけどな。

 だがまあ、この様子なら即戦闘になることはなさそうだ。

 それに万が一の時は逃げればいい。

 とはいえ、さっきの花ダニや宿敵の本体の様に、スキルではないがこの世界にも特殊な力を使う奴が存在する。

 もしスキルを封じるような奴が相手だったら――うん、お手上げだな。

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