第414話 異物になるだけでこれほど弱くなるのか

 背中に張り付き、奴の命その物を外す。

 だが思ったよりも上手くいかない。

 効いている感覚はある。だがすぐにその前の状態に戻される。

 倒すことはできる。だが何かがこいつを守っている。まるでこの世界から、消える事を許さないように。

 この力は――、


一ツ橋ひとつばし、外までのルートだけ腐敗を解除しろ!」


「はい!」


 一切の躊躇も確認も無い。素直なのは今は嬉しいが、逆にちょっと心配でもあるな。

 だがこっちはそれどころではない。

 地面の拘束が取れたこいつは、そのまま突進を開始する。

 やはりあの拘束は相当にうざかったようだ。必死にしがみ付きながら、そんな事を考えていた。

 黒竜は、迷宮ダンジョンで生きることは当たり前だと思っていたようだ。

 人間はどうだろう?

 当然出たんだ。それも、ほぼ全員だろうな。なにせ迷宮ダンジョン怪物モンスターである人間なんてのに会った事は無いからな。


 こいつが外を目指してここまで来たのかは分からない。

 ただ外への方向だけを解除したことで、一目散に外へと向かう。

 そしてこいつの超スピードによって、穴から出るまではほんの一瞬だった。

 設置してあった木のバリケードを跳躍し、空を舞う。

 その瞬間、こいつは何を見たのだろう。何を感じたのだろう。

 だけど俺に分かる事はただ一つ。こいつは今この瞬間、星に守られる存在ではなく、ただの異物になった。


 ――こいつの存在を、この世界から外す!


 こいつも必死に抵抗する。だが手ごたえがまるで違う。

 いくら事象を戻しても、それよりも早くこいつの体は崩壊していく。

 その姿は瞬く間に塵のように消え、地面に着した時にはもう俺しか残ってはいなかった。

 同時に、俺の中で一つの確信が芽生えた。だけど今はそれどころじゃない。


 既に千鳥ちどりたちは運び出されており、フランソワと一ツ橋ひとつばしも追いついてきた。

 まだまだ雑魚は登って来るが、今は予備軍でも対処できるだろう。こっちも残っていた召喚者たちが援軍に来ているしね。


「フランソワたちはスキルの影響が抜けるまでここで待機。風見かざみが問題無いと許可を出したら、出てくる連中の掃討作業を頼む」


 セーフゾーンの主なんかは、一度異物になると新しくは誕生しない。これは連中に限らず、他の怪物モンスターもそうだろう。何せ人間がそうなんだからな。

 いっそここに集まった怪物モンスターも、外に出して異物にしてから倒した方が良いんじゃないだろうか?

 そうすれば、迷宮ダンジョンの敵が減るかもしれない。


 そんな考えも浮かぶが、まあ意味はないだろうな。

 そんな事でどうにかなるのなら、迷宮ダンジョンはもう少し平和だろう。

 人間が異物となったら他を生み出す。あの怪物モンスター共も、さっきのセーフゾーンの主も、やがて全く違う代わりが生み出されるに違いない。

 この迷宮という存在からは、その位のキャパシティを感じるよ。

 まあ、そんな事はどうでも良いけどな。


「俺は平八へいはちたちを追いかける。ここは任せたぞ」


「分かりましたー」


「ご武運を—」


 あれは斯波裕乃しばゆの溝内信二みぞうちしんじか。

 奴の眷属たちとの戦いでは、天井に卵のような物を作って身を潜めていた連中だ。

 多分蔵屋敷くらやし伏沼ふしぬまもいるだろう。

 当時は新人で弱々しかったが、皆逞しく育ってくれたものだ。

 ここは十分に任せられる。俺は振り返ると、迷宮ダンジョンの奥へと戻った。





 ※     ◇     ※





 ……なんて言って一人で戻ったのは良いが、あいつら何処に行ったんだよ。

 こんな時に磯野いそのがいてくれると楽なんだが、あいつをこんな危険な所に連れてくるわけにはいかない。

 仕方ない、スキルで探すかと言いたいところだが、召喚者をピンポイントで探すのは無茶苦茶難しい。召喚者同士はそもそも“スキル”ってものが効きにくい。新人ならまだ何とかなるが、龍平りゅうへい持尾もちおも大ベテランだしなあ。

 精々、止まっていれば何とかなるくらいか。


 じゃあ双子はと言うと、かつてダークネスさんと一緒に置いた双子とは、もう存在自体が違うだろう。

 何せあいつら平然と外を出歩いていたからな。

 となると探知は無理か。


 ここはやはり、ちょっと危険だがかつてと同じ手段を使おう。どちらにせよ、やる事は同じだし。

 そう、かつてさっきの斯波しばたちを見つけた方法だ。

 この先にいる、全ての怪物モンスターの命を外す。

 遠く、遠く、更に遠くまで。

 何体もの怪物モンスターにヒットした感覚が伝わってくる。

 だけどたまに混ざる死なない奴。こいつは強敵だな。新人には出会わせちゃいけない。

 まあ、今ここに入ってくる新人はいないけど。


 ただどれも違う。もっと奥――もっと遠く――。

 そうやって円を描きながら渦のように範囲を伸ばしていくと、直線距離で10キロメートルほどの地点でヒットした。

 スキルが触れるが弾かれる。効かないのではなく、根本的に無効。召喚者だ。

 しかし単純な地形とはいえ、また随分と遠くまで移動したものだ。

 だが遠くといっても、俺にとっては関係ない。距離外し、そこへ行く。


 ひょいと着地した時、そこにいたのは持尾介司もちおかいじだけ――ではないな。

 そこにはあの時の双子の片割れが立っていた。

 持尾もちおの方はボロボロだ。もう薬も使い切ったのだろう。

 反面、双子の片割れは傷一つない。余裕の姿勢で平然と立っている。これは相当な実力差があるな。

 ただ、幾つか気になるわけで……。

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