【 取引 】

第410話 巨大な穴

 目的地の穴は、行けばすぐわかった。

 上から見れば、直系50メートルはあろうかという真っ黒い穴だ。

 場所はラーセットから20キロメートルちょっとか。また随分と近い所に厄介なものが現れたものだ。

 今は夜だという事もあって、周囲には煌々と周囲を照らすアイテムが設置され、その周辺をラーセット兵と召喚者が固めている。


 一時は相当に押されていたようで、穴の周辺には争ったような形跡がハッキリと残っている。

 だけど今は押し返したのか、周囲には木のバリケードが建設中。そしてそれを守る兵士や召喚者が明かりに照らされて今も戦闘中だ。

 見たところ、相手の数は数千。しかもそれぞれが人間など相手にもならない強敵だ。

 だが召喚者だけでなく、現地兵も戦えている。

 かなりの数が、迷宮産の武具で武装しているおかげだな。


 そんな中に、髑髏を持った少女とその一団を守る兵士がいる。

 胃に熱いものがこみあげてくる。あれは咲江さきえちゃんを護る時に戦った一団の中にも混ざっていた連中だ。

 今なら分かる。あれは聖堂庁の関係者。それも高位者。つまりはミーネル達の血縁者だ。持っているアイテムはあまり気にしていなったが、通信、探索、強化、治療……まあその類のアイテムだろう。

 見た処は戦うような歳ではないが、修行の一環で迷宮ダンジョンとは聞いていた。

 これもその一環なのだろうか……俺はあの時――クソっ!

 俺はもう地獄行き確定だ。だけど今は外せ! 外しきれなくてもこの後悔は外せ!

 やるべき事が終わってから、どうしようもない過去に永遠に身を焦がせばいい。


 その最前線から100メートルも離れていない所に強力な反応があり、そこにはみすぼらしい仮設テントが設置されていた。


「あそこか」


 距離を外し、テントの前まで行ってから入る。いきなり飛び込んでも驚かすだけだからな。


「クロノスだ、入るぞ」


 強い反応があった通り、中には召喚者が集まっていた。その中には、当然の様に風見かざみもいた。

 ただ龍平りゅうへいらの主力メンバーがいない。まあ予想は付くが。


「状況は?」


「端的に言うわね。発見された時、もう相当数の怪物モンスターが出ていたの。急遽軍隊が対処したけど、先遣隊の800人ほどは全滅。今は本隊5000人ほどと私たち召喚者で押し返したわ。でも――」


「問題は大体分かる。セーフゾーンのヌシクラスの奴が2体ほど地上に向かっているそうじゃないか」


 セーフゾーンの町に、主と言えるクラスの強敵が現れる事は決して珍しい事ではない。

 まあ俺たちの感覚であって、現地人にとっては数十年に1度有るか無いかの話だが。


 どうしてそんな事が起きるかは簡単だ。外に出て異物となったものは、黒竜が言ったようにもう死んでも復活しない。消滅だ。

 だがそうでない奴がいる。黒竜もそうだが、迷宮ダンジョンで倒された怪物モンスターは、全部大変動と共に復活する。

 その中にいるわけだよ。かつてセーフゾーンを追い出され、尚且つ新しいセーフゾーンに入れなかったやつ。逆もあるな。

 要は椅子取り合戦に負けた奴だ。

 そいつらは、他の怪物モンスター同様に迷宮ダンジョン彷徨さまよっているわけだ。

 時として、他のセーフゾーンのヌシと戦って奪い合う事もあるという。

 様は縄張り争いだよ。


「そこまで聞いているなら話は早いわ。かなりの強敵が現れたのよ。今までとは比較にならないくらいの。もう古賀順子こがじゅんこさんと剣鋼つるぎはがね君――」


 その時点で理解した事の大きさは、鈍器で後頭部から殴られたような衝撃だった。

 今名前の出た二人は第7期生、千鳥ゆうちどりゆうのチームメンバー。ベテラン中のベテラン。それも戦闘のエキスパートの入る部類だ。


「それに17期生の南雲なぐもさんと喜志倉きしくらさんが帰還。これで17期生は全滅よ。それに18、19期生からそれぞれ3人が帰還したわ」


「想定外の大損害じゃないか」


 ケーシュの葬儀が軽かったわけではない。

 だけどよりによって、こんな日に起きなくても良いじゃないか!


「こういった穴から出てくるのは殆ど知能の無い雑魚だからって、新人を多めに連れて来てしまったのが裏目に出てしまったわ。ごめんなさい」


「それは今はいい。そうなると、他の教官たちもいるはずだな?」


持尾もちお教官と丹羽にわ教官がいるわ。元千鳥ちどりチームの彼らがいたから、7期生が駆けつける事が出来たの。高橋たかはし教官、宮本みやもと教官、秋月あきづ教官ね」


 月光げっこうしのぶ緋和ひわの肉食チームか。


「あとは平八へいはちさんが早々に駆けつけてくれたのと、教官のサポートをしていた木谷きたにさんが新人を誘導してくれたおかげで被害が押さえられたの」


 これでも押さえられたってレベルの相手か。


「でも、それでようやくは倒したのよ。だけど次に現れたのが、更に強敵で――」


 こりゃこうしちゃいられないな。


「すぐに行く。そういや児玉こだまは?」


「現地兵のサポートをしながら、囲みを突破した外の怪物モンスターと戦ってる。新人は基本的にそっちに回したけど、中には相当な強敵も混ざっているの」


 そんな様子じゃ児玉こだまを連れていくのは無理か。


「ではここは任せる。基本は軍務庁の管轄だが、召喚者は召喚者独自の判断で動いていい。その辺りはもう何代も前から許可は取ってある」


「分かった。気を付けて」


「言われるまでもない」


 そうだ。こんな所でつまずいてなどいられないんだ。

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