第409話 これは絶対の約束だ
ケーシュが再び倒れ、目覚めなくなったのはそれから僅か3日目の事だった。
何度も再び目覚めさせたいと思った。だけど、それはただひたすら堪えた。
もう長くない事は、俺だって理解していたのだから。
たとえここで彼女との約束を破っても、おそらく数日……或いは数時間のうちに同じ事になる。
その度に、彼女の心に負担をかけてしまう事が分かっていたから。
その夜、ケーシュ・ワー・セイエンはこの世を去った。共に暮らし始めて、38年の月日が経っていた。
語り尽くせないほどの思い出が溢れ出し、ただひたすら泣き続けた。
その様子を、傍でずっとロフレが見守っていてくれた。
☆ ★ ☆彡
もう全ての手はずは整っており、葬儀は翌日に行われた。
召喚庁トップの愛人の葬式という事でゴシップネタにでもなりそうだったが、案外と静かに事が済んだ。
そういえば言っていたな。ラーセット人は、決して恩を忘れないと。きっとそういう事なのだろう。
そして全てが終わった夕方、ロフレから予想外の言葉が告げられた。
「クロノス様。わたくしはそろそろ施設に入ろうかと思います」
施設って言うのは怪しい場所とかではない。ごく普通の老人ホームだ。
彼女はまだ60歳だし、ケーシュよりもずっと元気。
だけど、これから彼女はずっと一人であそこで暮らすことになる。
召喚庁のトップである俺はあまり家には帰れないし、特に最近は色々あってケーシュのこと以外では月に1回程度。
黒竜を探した時など、何年も家を空けた。
これからずっと、いつ帰って来るかもわからないあの家で暮らすのが辛いのかもしれない。
それに社交的で地位もあったロフレだ。施設でもすぐに友達は出来るだろう。
ただ一言、養子を取る事に反対した事を今でも気にしているかどうか? そんな質問が、喉から出かかってしまった。
あの時は動機の
そうすれば今頃は家族が増えていたかもしれない。ケーシュにもロフレにも、こんなに寂しい思いはさせなかっただろうに。
後悔しても仕方ないとはいえ、考えてしまう。
奴の様に、時間を戻せたのなら楽なんだけどな。
でもお互いそんな能力を持っていたら、戻し合いで実に不毛な勝負になるだろう。
そんな考えも、結局は虚しいだけか。
「分かったよ、ロフレ。だけどもし迷惑じゃなかったら、会いに行く事を許してくれ」
その言葉に、ロフレは俺に無言で抱きつくと――、
「迷惑など、あるわけがありません。クロノス様に看取っていただけたケーシュが羨ましいのです。浅ましい考えですが、もしもわたくしが同じ様な状態になったら――」
「浅ましくなんてない。俺がそうしたい。考えは分かったよ。知らせが来たら、何を置いてでも必ず戻ってくる。絶対に一人で逝かせたりなんてしないよ」
「嬉しいです。わたしくも、ケーシュと同じく幸せでした」
「まだ早い。ケーシュの分まで、10年でも20年でも生きて貰わないとな」
「ふふ、努力します」
もう性的な関係ではないが、俺たちはそれ以上の関係だと思っている。
久々にロフレと一緒に色々と話しながら眠りにつこう――そう考えた時、ドアノッカーがけたたましく鳴った。
こんな時に……全く。
召喚者では無いな。召喚者なら、それ専用の通信機は常に準備している。
だがここに訪問販売や宗教の勧誘など来るはずもないが。
「どうした。今は喪中であるぞ」
そう言いながら開けると、そこには真っ青な顔をした秘書のレ・テルナス・バナーが立っていた。
特殊な状況なのは、一目見れば分かる。
「何があった?」
「先日の大変動で、地上に向けて大きな縦穴が開いた事が確認されました。ラーセットの近くです。今は通常の
「何でそんな――」
「何度もクロノス様には連絡をしたそうなのですが――」
あ、そう言えば葬式だったので、連絡装置を切っていたわ。
ケーシュとの最後の時間を邪魔されたくなくて、自分でやった事すら失念していた。
「大至急向かう。
「
事態はそれほどひっ迫していたのか。
ほんの数十時間で、そこまで状況が急変するとはな。
「俺もすぐに向かう」
「あ、大穴の位置ですが」
「もう把握した」
場所はスキルで把握できる。
今はもう強化され過ぎて、ちょっとやそっとの脅威では反応しない。
けれど今、周囲の安全な位置を確認するとハッキリと外れる場所がある。
なにかあるとしたら、もうあそこしかない。
「行ってくるよ、ロフレ。すまないな」
「そうして忙しくしている方が、いつものクロノス様という感じがして、わたくしは好きです」
「ありがとう」
そう告げて、俺は目的の場所へと飛んだ。
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