【 別れの時 】
第408話 覚悟をしていなかったわけじゃない
こうして今後の方針が決まってから6年。
長いような短い様な、俺たち召喚者にとってはあってないような時間だ。
その間に、
さすがにまだ新たに召喚するには早すぎる。
以前にも検討したが、ここで3人来ても馴染むのは難しいだろう。
やはりある程度は知り合いがいないと定着は難しいと思う。
そんな訳で、召喚は停止中。
だけどその間にも召喚者達は新たなセーフゾーンを開拓し、様々な財宝や鉱石を発掘する。
皆齢は取らないが、やはり長い事いると雰囲気が変わってくる。
もしかしたら、帰った時に記憶を無くすのは良い事なのかもしれない。
既に7期生の
一方で、ラーセットの人たちは普通に老いて行く。
軍務庁長官だったエデナット・アイ・カイは2年前に亡くなった。
召喚者の反乱で先代のユンスが亡くなった時、俺は完全に暴走しかけていた。
多くの召喚者をこの手にかける羽目になり、それを仕組んだリカーンという国が許せなかった為だ。
だけどそれを
当然ユンスの意向もあったと思うが、俺を相手に一歩も引かない堂々たる説教っぷりは今でも立派で、同時に自分が恥ずかしくなる。
その彼も、時間の流れにはかなわなかった。
跡を継いだのはレウス・ランディ・マクト。あの時37歳だったから今は39歳か。
俺がこの世界に来て28年だから、あの時は少年だった子か。
まだ当時の記憶はしっかりと覚えているだろうが、やがてそれも風化して消える。
これからの世代は、あの戦いも都市の破壊も知らない世代になっていくだろう。
それは別に悪いとは思わない。ただ知り続ける俺が、可能な限り見守っていてあげたいと思っただけだ。
そして 内務庁長官をしていたコーサ・シーズベン・テトが先日亡くなった。67歳だった。
何度も後任を選出していたが、中々これといった人物が現れないうちに心臓麻痺であっけなくこの世を去ってしまった。
この世界の人間は、もう少し権力欲というものを持った方がいい
結局後任に選出されたのはカット・オーヤァ・ルー。今年で43歳。
多分だが、すぐに後任を選ぶことになるだろう。
もっともその”すぐ”は、この世界の人々にとってはかけがえのない時間なんだけどね。
そして俺は、久々に自宅にいた。
ケーシュがまた倒れたという事で急遽帰ったんだ。
実は最近頻発している。
元が軍人として鍛えていた事もあっていつも元気一杯だった。
だけどここ最近、急に不調になってきたんだ。
彼女は58歳。まだまだこれからなのに。
「……ここは……」
「俺たちの家だよ、ケーシュ」
「日が明るい……そうか、また私は倒れたのね」
さすがに昔と違い、はきはきとした“ですます”調の口調ではない。落ち着いた大人のそれに代わっている。
「気にするな。昼食はロフレが用意してくれたよ」
「今度はどうして倒れていたの?」
食事の話はまるで耳に入っていない様に、ボーっと天井を見ながら聞いて来る。
「気が付いたら、玄関先で倒れていたそうだ。幾つか問題が見つかったから外しておいたよ」
確かに病気は外す事が出来る。だけど、それは根本的な解決になるかといえばそうじゃない。
それは、全員分かっている事だった。
そして――、
「ねえクロノス様。今度もし私が倒れたら、そのまま逝かせてもらって良いかしら?」
「まだ早すぎるだろう。それに、俺やロフレを置いていくつもりか?」
「ごめんね……」
そう言うと、少しだけ――ほんの少しだけ間をおいてから、
「今までの人生、凄く楽しかった。本当なら生贄に志願して死んでいるはずなのに、クロノス様のお付きになって、想像もした事の無い世界の話が聞けて、笑いあって、いつも大切にしてもらってる」
「こちらこそ、ケーシュにどれだけ助けられたか分からないよ。言っただろ、召喚者は昔の事でも忘れない。全部ちゃんと覚えているよ」
「うん、ありがとう。でもね、最近よく昔の夢を見るの。家が燃えた事。家族が殺された事。そしてクロノス様と出会ってからの日々。苦しかったり楽しかったりした人生の思い出。そして気が付くと、いつもこうしてベッドにいて、クロノス様が傍らにいる。何となくだけど分かるの。そろそろお迎えが来てるんだって」
「最期の瞬間まで、何度でも引き戻すさ」
「だめよ。クロノス様にはクロノス様のやるべき事があるでしょう。もうロフレとも話したの。今度倒れた時が、お別れの時だって」
「そんな事――」
言いたい事は沢山あった。何よりも、こんな時くらい我が儘を言って欲しかった。
もう死期が近いのなら、最期の瞬間まで傍にいてくれくらい言って欲しかった。
だけど――、
「相変わらず、一度決めると絶対に曲げないな。少しくらいは我が儘を言ってくれないだろうか?」
「ふふ……今まで何度も言ってきましたし、聞いてもらってきました。これが人生最後の我が儘です。ついでに一つ、良いですか?」
「一つといわず、幾つだっていいさ」
「本懐を遂げてくださいね。それが、無理矢理召喚してしまった私たちラーセット人の意思です」
この世界の為だけに動いているわけじゃないってのは、やはり気が付いていたか。
そしてこれはケーシュだけじゃない。ロフレや、他の重要な地位についている人間は察しているな。
もちろん、別に後ろめたい事をしている訳じゃない。
俺は地球を襲った奴を滅ぼす。それはこの世界の為だけじゃない。地球の為でもあるってだけだ。
でもそのために、俺はラーセット人も、召喚者も、
「分かったよ、ケーシュ。でも生活は今まで通りだ。最期の瞬間まで、3人で暮らすここが俺の家だよ」
そういった時、もうケーシュは眠りに落ちていた。
医者としても分かる。原因は分かりようもないが、彼女はもう長くはない。
病気とかそういったものではなく、彼女が生まれた時に手に入れた人生という時間が尽きようとしているんだ。
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