第411話 想定外の損害だ

 地上に空いた大穴は夜に上から見ると、大地にぽっかりと空いた虚空に見える。

 特に今は松明や迷宮ダンジョンから出土した投光器が周囲に設置されているからなおさらだ。

 だが実際には少し急な上り坂といった形状で、そこからまばらに怪物モンスターどもが上がって来る。

 だけど無傷なやつは少ないし数もそう多くない。中では激しく戦っているんだな。

 幸い今の迷宮ダンジョンは板を無造作に重ねたような形状の岩盤だ。針山のように、戦いに支障が無くて良かった。


 そういえばちょっと気になる事を言っていたな。一体と言って良いかどうか……か。

 おそらくあの辺の怪物モンスターたちだろうが、あの程度は相手にもならない。

 外に出た奴は、命を外そうとスキルを使った時点でコロリと倒れて息絶える。あれはもう異物。迷宮ダンジョンの加護が消えた分、相当に弱体化している。

 例の本体がその状態であれだけ強いのだから、ガチもんのセーフゾーンの主はどれだけ強いのやら。


 ……って、なんか何度も倒してるわ。黒竜だけどな。

 だけど例の本体や、世界を滅ぼせるという他の2体の様に、セーフゾーンの主にも明確な強弱がある。7期生がやられるくらいだ。相当に気を引き締めないとな。





 □     〇     □





 所々に兵士の遺体が持つライトが光っている。

 スキルの目を持つ俺達召喚者に闇は関係ないが、何とも幻想的な雰囲気だ。

 俺達はスキルを使っている時は必要ないが、俺のように常時使いっぱなしでいられる召喚者はいない。普通は同じ様に使っている。

 そんな中、固まった光の一角があった。あれは――、


「大丈夫か、千鳥ちどり


 そこにいたのは、千鳥ちどりたち7期生を中心とした召喚者たちだった。

 現地人はいない。さすがにここまでは付いて来れないか。


「大丈夫とはちょっと言えない」


 布紐なのか服なのかよく分からない衣装はボロボロで、今は布をかけられている。

 外傷はないようだが、これは薬を使ったんだろう。それより、この状態はスキルの使い過ぎだな。

 見れば、周囲の連中も今戦わせるのは無理か。全員ボロボロだ。

 ただ、いるべき人間がいない。


「他の連中は?」


「奥へ行ったのは持尾もちお平八へいはち。あとは全員回収したけど……」


千鳥ちどりさんは休んでいてください、俺が説明します。お久しぶりです、クロノス様」


 こいつは柳橋紘一やなぎばしこういちか。

 ちょっと気弱そうな、何処にでも溶け込む様な静かな中学生――だった。

 今は色々な薬を試したんだろう。筋肉は盛り上がり、身長も以前より10センチは伸びている。

 そういえば、探究者の村のサブリーダーをしていた坪ヶ崎雅臣つぼがさきまさおみ君も中学生とは思えない体格だったな。

 粗末な薬を利用した結果だろうが、偶然なのか意図したのかは――いや、それはどうでもいいな。


 スキルは”茨操作”。鋼よりも強い茨を身体から出していたが、今や近くであれば土中からでも他人のバッグの中からでも出せる。

 本体戦でも援軍に来てくれたが、残念ながら死んだ。

 あいつが時間を戻したので無かった事になったけどな。


「久しぶりだな。状況は?」


「教官を任されていた丹羽にわの奴がやられました。それで同じ教官の持尾もちおが追いかけていった状況です。ただそれより先に平八へいはちさんが追いかけていきました。ただ17、18、19期が相当数やられてしまいました。数も把握できていない程です」


 上での報告以外にもやられているのか。最悪だな。

 どれ程積み上げても、一瞬で破壊されてしまう。もう心が折れそうだ。

 だけど、こんな所で折ってる暇はない。


「追って行ったのは二人だけだな?」


「そうです」


「それで、そのセーフゾーンの主はどんな奴だ? 追っていったって事は、それなりに負傷させたのか?」


「奇妙な双子でした。最初見た時は人間と変わらない……というか、ゴスロリ風のドレスを着ていたんですよ。それだけだと召喚者にも見えますが、纏う空気は全く別物。あれは尋常じゃない化け物だ。何とか応戦しましたが、まるで歯が立たなかった」


「ゴスロリの双子……まさかとは思うが、髪はツインテールで金髪か?」


「ええ。瞳は真っ赤で星の様な虹彩でしたが――ご存じで?」


「見たことは無いがな。それで?」


 ――こっちの世界ではの話だが。


平八へいはちさんがほぼソロで戦っていたんですが、あしらわれる様に奥へと移動して行きました。それを持尾もちおが更に追っていった状況です」


「分かった――なら俺もすぐに」


 向かう――そう言いたかった。

 だが大きく揺れる迷宮ダンジョン。響き渡る轟音。

 一瞬”大変動か!?”と思ったがそうでは無い。

 奥から地響きを立ててやって来たのは、体高20メートルはあるかというダニに近い怪物モンスターだ。

 ただ頭は無く、そこを含めた身体の上部全体には紫色の無数の花が咲いている。

 見ただけで分かる。こいつもセーフゾーンの主。これで3体目かよ。しかも――、


「あの花から毒が撒かれている。全員撤収しろ」


 少し吸った時に、スキルが反応した。

 即死級ではないが、間違い無くマズいやつだ。


「何人か残します」


「不要だ! 全員連れて地上に戻れ!」


 返事もなく、撤収準備に入った音が背後から聞こえてくる。

 それで良い。では俺はさっさとこいつを始末して、龍平りゅうへい達を追わないとな。

 話に出てきた双子……そっくりさんが何人もいるのでない限り、平八へいはちさんと一緒にいた双子だ。

 そしてつい先日送られてきたダークネスさん。

 嫌な予感が幾つも重なって行く。悪いが、急がせてもらおう。

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