第403話 きっとまた会うんだろうな

「これは?」


「安全に日本に帰す為の道具です。ここの召喚された方々は迷宮ダンジョンに潜って、この様なアイテムを集めてくるのですよ」


「何のために?」


「今回は即お帰り頂きますので割愛しますが、ゲームの様なものだとお考え下さい」


「は、はあ……でもそれって、私が貰ってしまっても良いんですか? 間違いでという事は理解しましたが、それでも誰かの物を頂くのはちょっと」


 ――こういう性格だったわ。

 普段はお花畑的な感じでのほほんとしているのに、いざという時の中身は実直。言い換えれば武士だ。


「いえ、これは今回失敗してしまった事に対するお詫びの品です。ただ先ほど申し上げましたように、いつか運命の糸により再び召喚されるかもしれません。その時は、改めて選択していただく事になるでしょう」


「――何をですか?」


「この地で過ごすか、再び日本へ帰るかをです」


 奈々ななは今一つ状況も言っている事も理解できないという感じだったが、こちらの意思の固さも理解したのだろう。

 一度受け取った後は、何の躊躇もなくその指輪を左手の小指にはめた。

 淀みの無い自然な動き。それだけで分かる。特に理由が無ければ、奈々ななは指輪を左手の小指に付ける事が身に付いているんだ。

 その仕草を見た瞬間、俺は認識阻害をしたまま奈々ななに抱き着いてしまった。


 悲鳴は無かった。ただ眼を真ん丸にして驚いていたけどね。

 そして左右から頭に振り下ろされる鉄拳制裁。


「いきなり抱きつくとか何を考えているの!」


「節操の無さにも限度ってものがあるでしょ!」


「いや、いつもこうして送還しているであろう」


 認識阻害を緩め、透明な状態からローブ姿の幽霊のような状態に変化する。

 まあいきなり抱き着くのは、確かにダメだよなあ。反省しないと。


「ごめんね。これでも一応はあたしらのボスでねー」


「送還の儀式を行うんだけど、先走っちゃったみたいで。怖がらせてごめんなさい。次からは鎖で繋いでおくから」


 酷い言われようだが仕方がない。


「すまなかったな。我が名はクロノス。召喚者の代表をしているものだ。これから君を日本へと帰す。身体に触れることを許していただきたい」


「その前にいいですか?」


「何かな? 何でも質問に答えよう」


「どうして私が召喚される運命にあるんですか?」


「世界の定めは私にも分からない。しかし、占いのようなものでそう出たとでも思っておいてくれたまえ」


「……はあ」


 やはり納得していないようだが、今はそれでいい。

 まだ法則は分からないが、彼女もまた召喚されるタイプの人間であることが分かった。

 他の奴に引きずられた可能性もまだゼロではないが、もはやそれに期待するのも虚しいな。

 となれば、いずれまた会う事になるだろう。

 ただ頼むから、そうそう何度も来ないでくれよ。

 そう願いながら、彼女に触れこの世界から外す。

 その先は日本。奈々ななは光に包まれる。その時――、


「理由は今度教えてね、敬一けいいち君」


 驚いたが理由は聞けなかった。そんな時間は無かったのだから。

 ただ彼女もまた俺の手をぎゅっと握る。伝わってくる懐かしさ――温もり。その一瞬だけで涙が溢れそうになる。

 そしてその手に更に僅かの力が加わると――、


「その二人に関してもちゃんと説明してよ」


 その言葉を残して、彼女は静かに消えた。

 もう何人も送還したんだ。感覚で分かる。彼女は、無事日本へと帰った。

 だけど最後の言葉はドキッとしたな。奈々ななは誤魔化せないか。

 というかにっこりとほほ笑んでいたが、俺の背中には冷たい汗が流れている。今度会ったらなんて説明しよう。なんだか怖くなってきたぞ。


「これで良かったの? 何か聞きたい事がある様だったけど」


「いや、もう分かった。十分だよ」


 そうだ。彼女はあの時の奈々ななじゃない。龍平りゅうへいと違って、当時の事で聞ける事は無い。

 ただ受け取った指輪をどうするか。それが確実にそうだと言い切れない事でも、俺は確信した。

 今はそれだけで十分じゃないか。


 次に召喚される時は、俺や先輩、それに龍平りゅうへいとかな。

 僅かの楽しみともっと大きな怖さ。ごうの野郎にやるつもりはないし、当然ほかのやつでも同じだ。

 だけど高校生の俺とならどうだ? これは邪魔できないだろう。たとえ自分とはいえ、目の前でいちゃつかれたらさすがに嫌だな。

 それに今度会った時は、俺の事も話さなければいけない様だ。

 そんな日が来なければいいのに……。





 ※     〇     ※





 遠く南の国。イェルクリオの首都ハスマタンでは、今一人の人物が死の床にあった。

 名はウェーハス・エイノ・ソス。

 クロノスに対しては内務庁渉外2部支部長を名乗っていたが、実際には他国には無い“宰相”と呼ばれる地位に就いており、3長官を束ねる役割を担っていた。


 南方の大国であるハスマタンもまた、北の大国マージサウルと共にラーセットに現れた召喚者の件は危惧していた。

 実際に、北の大国から共同しての包囲戦を提案された事も1度や2度の話ではない。

 大きな餌を提示され、心を動かされた者も少なくはない。

 だが全て、彼女が拒否していた。

 しかも双方の様子をただ眺めるのではなく、早々にラーセットとの友好関係を樹立。その後の発展は言うまでもないだろう。


 他にも三長官のまとめ役として行ってきた業績は、過去の偉人と比べても何ら遜色はない。

 しかしその生活は質素その物。 

 なぜなら、“宰相”という地位自体が書類上も形式上も存在しないからだ。

 彼女はあくまで、内務庁に所属する渉外2部の支部長にすぎない。

 その生活は簡素なものであり、高層ビルとはいえ中層の2LDKの部屋に一人で住んでいた。

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