第401話 強すぎる力か

 容赦ない口撃にしばらく放心していたが、風見かざみが肝心な事を口にした。


「それで、クロノス様としては目覚める前に帰すの? それとも普通の召喚者として扱うの?」


 そりゃまあ目覚める前に帰すのが筋だろう。こっちの世界でチームを組ませて迷宮ダンジョン探索になんていかせたら、俺の胃がもたない。

 それどころか心が死ぬ。

 実際、迷宮ダンジョンに入った男女が色々するのは珍しい事じゃないんだ。

 恋人とかそういうんじゃなくても、やっぱり不安の解消や本能といった所か。

 元々他に男がいた児玉こだまは今更だし、風見かざみも教官として迷宮ダンジョンに赴いた際は、必要とあれば他の男の相手をする。

 うん、絶対にダメ。帰す。


 だけどちょっと聞きたい事もある。

 けどなー……当時の奈々ななと今の奈々ななは完全に別人だ。何かの意味があるとは考え難い。

 ここはやはり――、


 帰すことを宣言しようとした時だった。不意に、執務室にドアノッカーの音が響いた。

 これ中で聞くと、結構うるさいんだよな。

 仕方ないので、ドアに一番近かった川本かわもとが応対した――が、やはり当然ながら用件は俺だった。

 というか、来たのはマーシア・スー・アディン神官長本人ただ一人だ。それだけで、全員に緊張が走る。


「あの……」


「構わない。ここに居るメンバーは秘密を共有する関係だ」


 まだ全部を共有したわけじゃないけどね。ダークネスさんの事とか。

 だけどその辺りはデリケートだからな。はっきりするまではまだいいだろう。それよりもだ――、


「君自身が来たんだ。よほどの事だろう。何があった?」


 まさかもう目覚めましたとかは無しにしてくれよ。


「寝ている間にある程度は調べるのですが……その、特別視なさっていた女性に関してなのですが」


 今までもそうだが、実は寝ている間にある程度の力具合なんかは調べられる。スキルの傾向もね。だから召喚者から見ると、スムーズに儀式が進むわけだ。

 ただあまりにもレアだと、直接見ないと分からない。

 俺が知る限り、奈々ななは超レア系だ。


「何かあったのか?」


「まだお目覚めにはなっていませんが、そのですね……スキルの力が強すぎます。迂闊に干渉しようとするだけで、こちらが消滅しかねない程です」


 彼女のスキルは神罰だな。それ程か……。


「ただそれだけに、修練でどうにかなる次元を超えています。まだ推定の段階なのですが――」


「ちょっと待った。彼女の力は俺よりも強いのか?」


「クロノス様の力は未知数です。召喚者としての力は他者とは比較になりませんし、スキルも確かに強力だと思います。ですが――」


「ですが?」


「何というのでしょうか……彼女の場合はクロノス様でも比較対象にならない次元です。これも推定なのですが、おそらく全力でスキルを使ったら、その時点で彼女は消滅します。召喚者様の力をもってしても、耐えられるとは到底思えません」


 部屋全体が、沈黙に包まれる。

 全力で使ったら消滅?

 なら前の世界で、ハスマタンで使う予定だった神罰ってのはどういうことだ。都市ごと神罰で消滅させるんじゃなかったのか?

 そうなったら奈々ななは……。

 しかし、今それを調べる術はない。悔しいけどな。


「具体的に言うと、あたしたちと比較してどうなのよん?」


 一方で、川本かわもとが頬杖をついたまま、少し面白くなさそうに質問した。

 まあ、彼に限らず自分の力には自身がある連中だ。

 ただ風見かざみ児玉こだまの興味は別だな。俺の力加減を考えている感じだ。


「ご存知の通り、スキル自体は召喚者の方は誰でも持っていますし、成長させる事も可能です」


「そんなの、確かに今更よね」


「そしてその種類に関わらず――そうですね、この位の力の源があると考えてください」


 そう言って、彼女は目の前にバスケットボール位の円を描く。


「これは戦闘に強かったり補助系だったりと違いはあっても、大体同じくらいはあるんです。ただ使い方が違うというだけで」


「それで、クロノス様や私たちとは違いがあるの?」


 風見かざみがズバッと斬り込んできたなー。


「正直に言うと、違いはあります。クロノス様はこの位あって――」


 そう言いながら、両手を広げたくらいの円を作る。


「さらに複雑で、奥が見通せないくらいです。ですから、クロノス様のスキルは母でも完全に理解する事が出来ませんでした」


「それで改めて聞くけど、クロノス様と比べてどのくらい違う訳?」


「あの空に輝く太陽。その位の力だと考えていただいて構いません。あの方は全力でスキルを使う事は無いでしょう。その前に――」


「体が耐えきれず崩壊するって訳か」


 こいつは少し参ったな。確かにスキルの使い過ぎや制御アイテムを失った事で精神的におかしくなってしまった奴はいる。なんて他人事のように言っているが、俺もそうだ。

 だけど、今までは肉体に問題が起きるようなスキル使いはいなかった。

 それがよりによって、奈々ななだって言うのか。


「なぜ彼女なななんだ」


「全ての方のスキルや才能がどういった基準で決まるのかは……」


 法則など、分からないか。

 ただ事実があるのみなんだな。


「とても想像がつかない話ね」


「制御は完全に不可能だと考えて良いのか?」


 風見かざみは少し呆れた感じで、緑川みどりかわは興味津々といった様子だな。

 俺はもう胃が痛くてしょうがないよ。

 確かにそれだけの力があれば、きっと隠れ潜む本体が認識し過去に戻る前に消滅させることも可能だろう。

 もしかしたら、今までのクロノスはそうやって奴を消し去って来たのかもしれない。

 けれどそこにはもう奈々ななはいない。じゃあ何のために生きていくんだよ。

 ちょっと残酷すぎるんじゃないのか?


「あ、そういえばだけど」


「なんでしょう、児玉こだま様」


「マーシアは怪物モンスターとかは見た事ある?」


「はい。迷宮ダンジョンの街を巡る旅も、修行の一環ですから。でもわたくしたちは近場までですね。何か月や何年といった先へ向かうのは男性信者の方だけとなります」


「まあ見たなら良いわ。それら怪物モンスターや現地人にも、力の源って言うのはあるの?」


「いいえ、ありません。ですから私たち修行した神官は、召喚者の方を見ただけでそうだと分かります」


 なるほどねえ。

 だけどそれは物理的に見えないとダメなんだろう。そうでなければ、俺の認識阻害が全く意味をなさないからな。

 というか、実は分かっていてみんな生暖かい目で見ていましたとか言われたら、ショックで寝込んでしまいそうだ。

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