第400話 少しはいたわれよ

 召喚の塔の部屋から出ようとすると、いつもの様に信者たちが運び出そうと待っていた。

 だがマーシアの説明で全員動きが止まる。後は任せて良いだろう。

 俺もようやく、少しは落ち着いてきたよ。


 彼女が説明をしている間に、俺たちは召喚庁の執務室へと移動していた。

 正確には途中で誰とも会いたくなかったので、俺だけ先に距離を外して飛んだ。

 どう説明するかも悩んでいたんだ。

 やる事はもう決まっている。目覚める前に彼女は日本へと帰す。

 万が一こっちの世界で死なれでもしてみろ。俺はもう立ち直れない。

 今まで多くの人間を騙して働かせて、そして殺してきた俺が言って良い事ではないかもしれないが、これは決して譲れない事なんだ。


 1時間ほどして、全員が召喚庁の執務室に到着した。

 そして開口一番、児玉里莉こだまさとりが宣言した。


「話したくない事であるなら、話さなくても構わない。それに、あの召喚者たちがクロノス様の知り合いだって事は全員が理解したよ。でも、良い意味なのか悪い意味なのかは分からない。だから彼らの処遇も任せるし、その結果にも口は出さない。OK?」


 おそらく、ここに来るまでに決めていたんだろう。

 実にありがたい事だ。だけどこれは、やっぱり話しておいた方が良いだろう。

 千鳥ゆうちどりゆうのチームから引き抜いた持尾介司もちおかいじ丹羽静雄にわしずおは多分知っているだろうが、9期生が知っているのは死んだら本当に死ぬって事くらい。それも確実に知っているのは宮本忍みやもとしのぶ秋月緋和あきづきひわの肉食コンビだけだ。

 奈々ななの召喚は、ある意味良い契機だと見るべきか。


「既にここに居る何人かは知っている事だが、改めて端的に言おう」


 さすがにこの状況で話さない訳にはいかないだろう。


 既に風見絵里奈かざみえりな児玉里莉こだまさとりには、基本的な過去は全て話してある。

 高校生の時に召喚された事、スキルが無いとして追放された事、様々な人の協力の元で生き延びた事や、龍平りゅうへいを日本に帰したが、クロノスと戦って敗れた事。更には13年後に地球が亡びに瀕し、もはや手遅れな事などだ。

 それに、前の世界では誰かを帰す事は出来なかった。ただ一つ、召喚アイテムの一部を使うって裏技的な手段があっただけ。死んだら漏れなく本当に死亡。

 だけど俺は実際に帰す事が出来るようになったし、それは向こうで共に過ごした龍平りゅうへいや、出戻りの児玉こだまが生きた証拠になっている。

 ただ死んだら本当に死ぬ事に関しては、話したのは風見かざみ児玉こだまだけだ。

 ではあったのだが――、


「まあその辺りは予想済といいますかね」


「今更驚かないわねえ」


 9期生の緑川陽みどりかわよう川本彰浩かわもとあきひろは“そりゃ当然でしょ”って反応だし、7期生に至っては――、


「あ、それもうリーダーから聞いているんすよ」


「だからうちのチームは命が一番ってね。スリルも同じくらい大切ですが」


 7期生から教官として引き抜いた持尾介司もちおかいじ丹羽静雄にわしずおは当然のように知っていた。

 まあ彼らのリーダーである千鳥ゆうちどりゆうを教官にした時点で、7期生全員に情報が共有される事は分かっていたが。


「それで、聞きたいのはそんな事じゃないの」


「あの人たち――というより、あの女の子は誰なの? あんなに動揺したクロノス様を見たのは流石に初めてよ」


 話を切り出したのは風見かざみ児玉こだまだが、他の4人も頷いている。

 そりゃ知りたいだろうな。俺としては微妙に話したくはなかったのだが仕方がない。

 いや本当に、これだけは話したくなかったんだよな。だって当時の話的には関係ない事じゃん!

 でもこうなってしまうと、やはりそうもいかない訳で……。


「彼女の名前は水城奈々みなしろなな。俺が中学時代から彼女だった人だ」


「“だった?”ってのは何すか?」


「その辺りの事、詳しく知りたいわよねぇ」


 容赦なく食いつく緑川みどりかわ川本かわもと。もう少し遠慮しろよ。デリケートな話ってのは分かるだろ。

 だけど黙っているわけにもいかないか。


「実はな、俺と一緒にこの世界に召喚されてきたんだ。だけど俺が追放されて迷宮ダンジョン彷徨さまよっている間に、同じ学校の栗森剛くりもりごうてやつと恋人関係になっていたんだ」


「それはまた何と言ったらいいか」


 さすがに持尾もちおは一歩引いた感じだったが――、


「それで、肉体関係はあったの? クロノス様と奈々ななって子、それに栗森剛くりもりごうってのともね」


 児玉こだまは容赦ねえ……。


「俺は……無かった。まだ高校生だったし、小学生の頃からの付き合いだったし。焦る事は無いというか、その……プラトニックな関係だったんだよ」


にわかには信じられない話ね」


「クロノス様だったら、小学生の時に出会って即ってなってもおかしくないわ」


「お前ら俺をどんな目で見ていたんだよ。大体、その時は俺も同じ小学生だ。まあそれと向こうの方の話だがな……奈々なな栗森くりもりの野郎とはあった。俺は前の世界のいびつさが気になって、奈々ななや知り合いを助けに戻ったんだ。だけどこっぴどく振られてな。拒絶されたと言った方が良いか。その時に肉体関係にある事も知らされたよ。ついでに、その様子はラーセット中に放送されていたらしいわ」


「うわー……何と言うか、よく生きてられるもんです。僕なら恥ずかしくて死んでますわ」


「まあ良いんじゃないの? 男も女も世界に一組ってわけじゃないし。実際クロノス様も、とっかえひっかえしまくりでしょ? 別に彼女が他の男と寝たって良いって事じゃないですか」


 持尾もちお丹羽にわも容赦ねえな、オイ。

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