【 情報交換 】

第376話 やはり記憶が戻ったのか

 途中ですれ違った召喚者たちに手を振ってあいさつしながら、龍平りゅへいのの個室まで行ってドアノッカーを叩く。

 色々と近代的な一方でこういう所はアナログだけど、この音は外では小さいが中では呼び鈴より遥かに響く。

 それこそトイレにいようがシャワーを浴びていようが寝ていようがお構いなしだ。

 だから2~3回も鳴らせば出てくると思ったが、なかなか出てこない。

 大だろうか? 取り敢えず10分待ってみたが返事がない。

 試しにドアノブに手を掛けるが、しっかりと鍵がかかっている。


 当たり前と言えば当たり前だが、何か嫌な予感がするんだよな。

 まあこういうのは俺の得意分野だ。鍵なんて簡単に外して中に入る。


「入るぞ平八へいはち。まあもう入ったがな」


 だがドアを開いて分かる。人の気配がしない。

 外でももっと心を研ぎすませば分かったと思うが、そこまで考えていなかった。

 時間は決めていなかったし、食事にでもいったのか?

 だけど、そうじゃない事は明白だ。


 特に物のない質素な部屋。迷宮ダンジョンで入手したアイテムは、殆ど寄付しているという。さすがに薬や武具なんかの必需品は、自分で管理しているそうだけどな。

 ここにあるのは、最初から用意された調度品。そして、その机の上に置かれた一枚のメモ。

 あいつ、俺が鍵を開けて入る事を知っていたな。

 そしてそのメモには、“宿舎で待つ”とだけ書かれていた。

 ここに居ない以上、あいつのいう宿舎は一か所しかない。

 そしてそれを知っているという事は……ああ、考えるまでも無いな。

 考えられる最悪の状態まで考慮して行かねばなるまい。


 当時の作戦を思い返すが、肝心の迷宮めいきゅうが今どんな風になっているのか分からないではお話にもならないな。

 またいつものぶっつけ本番か。

 遺書くらい書いて行こうかとも思ったが、その時には世界は終わっている。1パーセントすら、そんな事はあってはいけない。

 一方で、確実に荒事になると決まったわけじゃない。救援を呼ぶのは下策中の下策だ。

 ここは覚悟を決めていくしか無いな。





 ▽     ◎     ▽





 そんな訳で到着したが、ここは今では公園区画になっている。

 というか、俺がそうした。ここに別の建物が建つのは、なんか違う気がしたからな。

 その公園の一角。ほぼ中央があの建物があった場所だ。

 今ではただ一つベンチが置かれ、そこにいつもの丸っこい龍平りゅうへいが座っていた。

 こちらをじっと睨みながら。


「遅かったじゃないか」


「宿舎と言うから、今の宿舎に行ったんだよ」


「俺が伝言を残したのは1週間も前だけどな。どうせお前の事だ。風見かざみや他の女たちと散々楽しんできたんだろう」


 うわ、鋭い。まさにその通りです。

 ではありますが――、


「これでも忙しいんだよ。ここに呼び出したって事は、記憶が戻ったって事で良いんだよな。前のクロノスも色々と忙しかっただろ」


「さあな。俺は一度も会った事は無い。基本は教官組や、その指示を受けた俺なんかが問題の対処を行っていたんでな」


 俺の様に、他の召喚者と交流を持つようなことはなかったのか。

 まあ交流と言っても、そこまで深い関係ではないけどな……嘘ですごめんなさい。一部の女性とは深いです。


「まあそんな事はどうでも良い。取り敢えず、一発殴らせろ。スキルは使うなよ。反動は痛いんだ」


「冗談じゃねぇ。お前に殴られたら死んでしまうわ」


「……俺の今の名前、平八へいはちなんだってなあ。どうしてだろうなあ」


 ベンチから立ち上がると、指をボキボキと鳴らしてにじり寄って来る。だからやめろって。


「俺のせいである事は素直に認めるが、そもそもあれに関してはお互い様だ。その事なんかも、記憶が戻ったら聞きたかったんだ。お前も、今の俺を殺したってどうにもならない事くらいは分かっているだろう」


「分かっているが、お前に言われると腹が立つな」


「その点は今は抑えてくれ。一応、記憶が戻ったら聞きたい事は沢山あったんだが、まあせっかくだから最初に聞いておこう。あの時、本気で俺を殺しに来たのか?」


 咲江さきえちゃんと知り合った後、俺は龍平りゅうへいたちと戦った。

 一緒に居たのは安藤あんどう金城かねしろだったか。まだ両方ともこちらの世界には来ていないが、話によると結構問題児だったようだな。詳細は知らされていないが。


「流れからして、最初の時じゃなく俺が両腕を斬られた時か。もちろんそうだ。教官組から命令が出ていたからな。内容は“見つけ次第抹殺”だ。あれだけのテロを行ったんだ。当然だろう」


「それに関してはちょっと複雑ではあるが、命令の出所は?」


木谷きたにだ。教官組のリーダーだった事もあるだろうが、他の教官組から命令が来た事は無い。別の教官の指示で動いた事はあるが、責任者は必ず木谷きたにになっていた。それよりこっちで見つけて驚いたがな。あれは本当に本人か?」


「あそこまで似ていて、名前もスキルも同じで、これで別人だったら逆に驚くわ」


「別人だったら――か。なあ、俺が平八へいはちだとすると、あの黒いブリキ野郎は俺だったって事なんだよな」


 俺もその点は、色々考えてはいるんだけどね。

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