第348話 心強い援軍だ

 血まみれの龍平りゅうへいが宙を舞う。

 マズい、意識はあるのか? というかどう見てもない。

 それ以上に、本体ヤツはもう次の攻撃態勢に入っている。

 龍平あいつは豆腐の様な俺と違ってタフだが、再生は自力では無理だ。

 しぶといだけの微力な敵と、傷ついていく強力な敵。どちらを狙うかは、自明の理だ。


「やらせるかよ!」


 龍平りゅうへいまでの距離を外し、空中で掴んで投げ飛ばす。

 だが気付かれる。もしかしたら、これすら織り込み済みだったのかもしれない。

 空中で不自然に軌道を変えると、落下する龍平りゅうへいの下へと回り込まれた。

 これは万事休すか!?

 もう一度飛びたいが、思考だけが先行して身体とスキルが付いて行かない。


 その時だった。何かが本体に当たって四散する。

 あれは確かギロチン?

 7期生の国生登喜哉こくしょうときやのスキル。空気を圧縮して放つ技で、実際には”大気操作”だ。だが中学生の彼は、それに”ギロチン”の愛称を付けて呼ぶ。

 最初の頃は高い所にある枝を掃うのに便利な程度だったが、今では中型の怪物モンスター程度なら一撃で斬り倒せる程の威力だ。まあ本体アイツにはまるで効いていないが。

 というか何でここに?


「クロノス様、大丈夫です?」


 無様に地面に落ちた横には、いつの間にか千鳥ゆうちどりゆうが立っていた。

 相変わらず、凹凸のないボディに革紐のボンテージが煽情的だ。

 いやそうじゃなく、そうすると来たのは7期生のチームか!?


 本体が濁流に包まれて動きが止まり、そこを空中から現れた茨が包み締めあげる。

 それらはすぐに吹き飛ばされるが、攻撃に転じない。

 いや、そうじゃなくて動きが鈍い。何かせめぎ合っている感じ――千鳥ちどりか!?

 元々は動物操作という可愛いスキルだったが、今ではセーフゾーンの主の動きすら封じるとは聞いていた。

 見たところ完全ではないが、こいつにも効くのか。


 千鳥ちどりの目に浮かぶ模様の輝きは、俺や龍平りゅうへいと比べても遜色はない。

 あれがスキルの力を示すバロメーターだと言われた事を考えると、彼女のスキルは俺達と比べても遜色ないレベルってことか。

 だがそれでも、千鳥ちどりの口から一筋の血が流れると同時に彼女は吹き飛ばされた。

 土煙を上げて地面にめり込む俺。もう何度目だ。

 咄嗟に千鳥ちどりの後ろに回ってクッションになったからな。

 事故とはいえささやかな胸に触れ、俺のスキルと意識も休息に回復する。

 さてここから再戦だ!

 もう逃がさねぇ!


『――クロノス』


 それは最初、言葉として認識できなかった。

 発したモノも分からなかった。

 しかしその言葉と同時に、入り口にいた数人が血飛沫となって飛び散ったことが分かる。

 全身に鳥肌が立つ。何だこれは。


『お前たち下等な存在にも分かる言葉で伝えてやる。クロノス。この名を世界から抹消する。あらゆる世界から存在自体を消し去る。それが我が安息を穢した罪と知れ』


 もう誰の言葉か考えるまでもない。この球体。奴等の本体。そして倒すべき敵。

 感情も何も感じない。何のために言葉を使ったのか。

 怒りなのか、それともなぜ殺されるかを伝えるための慈悲なのか。

 まあ知った事ではないが。


「今更だな。俺がクロノスだ。そしてお互い様だ。貴様だけは世界から抹消してやる。それが俺の生きる意味なんでな」


『小さな異物如きを率いる矮小なあるじ。その報いを受けろ』


「させない!」


 入り口から槍のように飛んでくる黒いガス。

 里中杏さとなかあんのスキルか。

 だけどダメだ、あれでは足止めにもならない。


「よせ! 今は下がれ!」


 その言葉も虚しく、里中さとなかが真っ赤に弾け飛ぶ。

 本体の怒りは頂点なのだろう。空気は震え、この部屋にいるだけで全身が痛い。

 さっきまでとは桁違いの力を感じる。

 実力差は理解した。だけど、倒せない相手ではない事も同時に理解した。

 だから――ここまでだ。


 地面を派手に崩す。どんな仕組みで浮いているか分からないが、高度を変えられるって事は落ちては来ないだろう。

 さらば本体。今は倒せなかったが、色々と分かった事も多い。

 後はこれを今後に生かすだけだ。


 ――なんてね。


 相手はそんなに甘くはない。状況はどう考えても不利。向こうは殆どの眷族を龍平りゅうへいに倒され、自身も俺から傷を受けた。

 それを差し引いても、必ず今倒しに来る。


 なにせ奴にとっては、俺たちは今まで殺してきた人間という名の異物。それが自分を脅かすなど考えてもいなかっただろう。

 それがこんなことになったんだ。今後似たような事が起ころと考えるだろう。

 そしてそれらの中心は、『クロノス』という存在であることを学習した。

 だが連中の常識なのか、さっきの言葉からするにクロノスは単体では無いと考えたようだ。そしてそれがどのようなものか、奴は知らない。

 もしかしたら、自分と同じようにクロノスが眷族を増やしているかもと考える。

 なら当然、追ってくる。これからの安全のために。


 だがこいつは知らない。俺という存在も、召喚者というものもな。

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