第346話 ようやくのご対面だ

「よし、なら話は簡単だ」


「そりゃそうだな。ここで帰ったら何の意味もない」


 後はお互い言葉など必要なかった。

 でも考えてみれば必要だったよね。

 そんな事を考えながら、俺は壁にめり込んでいた。見えない何かに弾き飛ばされて。


 ――さっき龍平りゅうへいを吹き飛ばした奴か。


 一瞬過ぎて姿は見えなかったが、何か金属のような硬い何かでホームランされたような感覚だった。

 さすがに知恵があるだけの事はある。本体周りには、それなりの相手を配置している事か。

 取り敢えず、一撃でダメになってしまったこの体は外す。

 見なくても状態は分かっている。これでも医者だからな。もうグシャリと潰れて人間らしい姿は留めていないだろう。


 とても今の状態で勝てる相手ではないが、先に行った龍平りゅうへいが何体もの眷族を葬っている様子が、音と空気、そしてスキルの感覚で分かる。

 だけど全部を任せるわけにはいかない。そんなに甘くはない事くらい承知の上だ。

 急いで追いながら、俺に触れるもの全てを外す。

 口で言うほど簡単ではないし――、


 再び俺は、潰れて壁にめり込んでいた。

 今回は当たらなかったが、ただそれだけ。まるで磁石の反発でギリギリ触れなかっただけという感じで、勢いはそのままに壁に叩きつけられたわけだ。

 まあ、その当たらなかったというのが重要なんだけどな。

 今の俺の体なら、岩にめり込んだくらいで死にはしない。効きは悪いが、衝撃に強い錠剤型の薬もあるしな。


 ……と思ったら、袋の中で粉になってやがんの。

 考えてみれば、ここまで肉体を交換しようが何だろうが持ち物は変わらない。破れた服は破れたままで、壊れた物もまた同じ。

 確認すると、持ってきた短剣なんかも全部砕けている。


「素手は得意じゃないんだけどな……」


 ついつい口に出てしまうが、これはいかんな。相手は知恵のある怪物モンスターだったか。

 逆にそれを利用して罠に掛けたいところだが、人間以上の知的生命体と考えてもおかしくはない。カラスの罠に人間が引っかかるものかね。

 ここは素直に、奴には無いもので対抗するしかないだろう。そう、スキルでな。


 ただそれをするにも状況を完全に把握しないとダメだ。

 床を外すか?

 それとも天井を?

 どっちにしても、相手の様子が分からなければ龍平りゅうへいが不利になるだけだ。

 覚悟を決めろ、俺。再突入だ。





 飛び込んだ中は、鍾乳洞の様子から一変。床も壁も天井も、まるで磨かれた鏡の様だ。

 今回無事に入れたのは、もう龍平りゅうへいが何体も敵を倒してくれていたからだった。

 感謝感激だね。


 周辺にいるのは、かつては人間であったり巨大なバッタの様であったり、はたまたマンモスの様に丸まった牙を持つ熊のような生き物だったに違いない。

 だけどその輪郭は崩れ、まるで細かな形を維持できないかのように微妙に球体に近くなっている。

 なんとなく若かりし頃の龍平りゅうへいと今の龍平りゅうへいを頭の中で比べてしまうが、失礼だからやめておこう。

 大体、今はそれどころじゃない。


 数は10体ほど。そして潰れで原形を留めていない青白いゲル状の塊が5つほど床に転がっている。

 死ぬとああなるのだろうが、龍平りゅうへいが全力でこの状態か。

 そしてなにより、そいつらに囲まれるように、部屋の中央には球体が浮かんでいた。


 大きさは2メートルを少し切るくらいか。球形だが、水平にカッターのような水平の板が突き出ている。麦わら帽子を上下に重ねたような形状とでもいえばいいのだろうか。

 色は水色で他と同じ。分かりやすくていいね。


「お前がこいつらの親玉か」


 話し掛けてみるが返事はない。

 他者とのコミュニケーション能力を持たないのだろうか?

 それにしても、実際にこう対峙してみると違和感というか、場違い感が凄い。

 他の雑魚もそうだったが、ここに居る連中は更にそうだ。


“異物”……黒竜の言っていた言葉を思い出す。そうだ、こいつらは迷宮ダンジョンに馴染んでいない。

 見た目がどうとかでなく、感覚がそう告げている。

 セーフゾーンに居たのも、より安全を確保する為だろう。

 幾ら同類を増やせるとは言っても、こちらの世界では限度がある。それが何なのかは分からないけどな。ただ地球より増えにくい。


 そして異物であるこいつらは、迷宮ダンジョンに住む他の怪物モンスターから襲われる存在だ。

 俺でさえはっきり分かるんだ。怪物モンスターからすれば、もう見るまでもないってところか。

 だが力は桁違い。戦うだけなら、そこいらの怪物モンスターに倒されるわけがない。

 だが眷族にもならない雑魚は襲われるから増えたり減ったり。

 人間だって、死なないからと言って四六時中ハエにまとわりつかれたら迷惑だろう。

 しかも地下にいる以上、大変動に巻き込まれたら一巻の終わり。

 だからこうして、強い眷属に護衛させてセーフゾーンをねぐらにしていた訳か。

 地上でも同じように襲われるだろうからな。


 これは朗報だ。素晴らしい情報といっても良い。

 まだ予想に過ぎないが、ハスマタンを襲った時も、こいつは地下のセーフゾーンにいたのではないだろうか。

 だけどまだ1割程度当たっているかどうかだな。なぜ雑魚集団が外から集合していたのかを知らなければ、正しい答えは出ない。

 けれど――、


「成果はあった。いざとなったら下がるぞ」


「臆したのか、クロノス。今こそが倒す時だ!」


「いざとなったらの話だ」


 そう、ここで倒してしまえば全ては解決するのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る