第344話 徹底してやるならこれは邪魔だな

 龍平りゅうへいの記憶は戻ってはいない。

 だけど奴の本体に対する執念は、かつての後悔だという。

 それはこっちの世界での事か?

 それとも向こうの世界での事か?

 どっちも俺は知らない。少しだけ、話だけ程度には知っているが、本人から直接聞いてはいないからな。


「仕方あるまい。そこまで言うのなら、ここで奴の本体を倒す。それで決着だ。そこまで言ったんだ。最後まで付き合ってもらうぞ」


「望むところだ。それより、その幽霊のような姿はアイテムの力じゃないな。スキルだろう? 少しは温存した方が良いんじゃないのか?」


 それが分かるのか。やはり俺と同じように、以前の世界での成長がそのまま残っていると考えてよさそうだな。

 ならば、戦力としては申し分ない。それ以前に、単体戦なら俺より遥かに強いだろう。


「このスキルはさほど力を必要としない。使いっぱなしでもしばらくは問題無いさ。それより、俺のスキルで倒せない奴がいた。こっちだ」


 駆けだした俺に、龍平りゅうへいは平然とついてくる。心強いな。


「それと今のうちに、これを渡しておく」


「これは――薬か」


「かなりの高級品だぞ。俺の分も少し残したが、お前が前衛だ。持っていけ」


「ならば使わせてもらおう」


 そしてすぐに、目標の奴はいた。

 球根のような下半身に無数の目が生えた茎を持つ、迷宮ダンジョンではさほど珍しくない奴だ。

 だけど今は完全に脱皮して、青白く、その形をしただけの物体になっている。

 無数の目も、今や出っ張りだけだ。あれで何かを見てはいまい。

 しかし、これは聞いていた本体では無いな。

 なんて観察している間に、そいつは3発くらい殴られただけでミンチの様に四散していた。


「これが本体か?」


「いいや、それは株分けされた分身みたいなものだ。眷族というらしい」


「株分け? 分身?」


「まだそこまでは教わっていなかったか。まあ緊急性を考えれば、生きるための知恵や戦闘訓練が先だな」


御託ごたくは良い」


「へいへい」


 なんだかいつもの龍平りゅうへいだ。自然と頬が緩んでしまう。

 まあそれどころじゃないけどな。


「奴らは増える。他の生物を自分たちと同じ怪物モンスターに変えてな。詳しい仕組みは分からないが、本体と眷族だけがそれをすることが出来るそうだ」


「眷族とは? 何体くらいいるんだ?」


「皆目見当もつかんな。なぜかと言うと、鼠算だからだ?」


「鼠算? 何の事だ?」


 知らないはずのない言葉だが、特定の単語が出てこないって事は、記憶喪失はまだまだ深刻だな。


「今までの奴らを倒してきただろう。そいつらが成長して眷族になるんだよ。そうすると、そいつもまた本体と同じように周囲の生き物を怪物モンスターに変える。こうやってどんどん増えるんだ。ちなみに眷族になる前なら俺のスキルで一掃できるが、ああなってしまうと簡単にはいかない。無理じゃないけどな」


「そうか、そうやって増えていたのか。あの時も――」


 そう言うと、頭を押さえて動かなくなる。


「あの時? それより大丈夫か?」


「分からん。一瞬何かが頭をよぎっただけだ。俺は問題無い。他にもいるなら場所を教えてくれ。アンタには簡単じゃなくとも、俺には簡単な相手だ」


 確かにその通り。実力は見せて貰ったよ。

 だがこのスキルの負担は大きい。以前はある程度使う度にミーネルの元まで行ったが、ここでは孤立無援だ。

 まさか龍平りゅうへいとそんな関係に……いやなっても意味ねーよ。相手が女性じゃなければ意味がない事はもう分かっているしな。


「どうした? 出来ないのか?」


「甘く見るなよ」


 仕方がない。俺は懐に手を入れて、制御アイテムを握り潰した。

 これでストッパーは無くなってしまったが、代わりにスキルは無制限だ。

 そして俺も龍平と同じく、ある程度はアイテムの無い状態には慣れているからな。


 こうやって周辺の敵を一掃し、倒せない奴がいる所へ行っては龍平りゅうへいがボコる。

 中には人型もいるが、殆どが迷宮ダンジョン怪物モンスターだ。

 妙だな。以前イェルクリオの首都ハスマタンが襲われた時は、殆どが人間型だった。

 ただ周囲の生き物を同類に変えると考えれば、今の状況はおかしくない。

 ハスマタンの時はまだ予想でしかないが……いや、今は悪い事はあまり考えないようにしよう。


 そもそも状況は順調そのもの。

 制御アイテムを失った分だけ負担は増えているが、そんな事は俺も龍平りゅうへいも意に介していないように見える。

 目に見えない負担は体を蝕んではいるが、なんだかむしろ楽しい。

 案の制約も無く、思いっきり力を使える。しかも龍平りゅうへいとの共闘だ。

 あの時に追放されていなかったら、きっとこんな世界があったのではないだろうか?

 今更考えても仕方ないけどな。どうせあの追放は変えられない予定調和だったのだろうし。

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