第339話 どうしてこう上手くいかないんだ

 完全に緊急事態だ。

 いつものパターンでは、2か月間の研修に変化はない。

 そりゃそうだろう。ここで下手を打ったら、新人たちの信用を失ってしまう。

 2か月といったら2か月ピッタリ。それは大前提で、後はその間にどれだけ新人召喚者を楽しませるかが教官の腕と言える。

 それが予定期間の倍を過ぎても帰ってこない。

 当然緊急用の連絡アイテムもあるが、通話圏内にはいない。緊急時に使う強力な信号機も使ってみたが、一切返事がない。それすら通じない距離にいるのか!?

 どうしても最悪の状態を想像してしまう。


 磯野いそのの精神に限界が来て、思うがままに遥か彼方まで行ってしまったのか?

 それとも龍平りゅうへいが日本に帰る前の状態に突如戻ってしまったのか?

 あの時の、完全に壊れてしまったあいつの目と放つ空気を考えると今でも寒気がする。


 だが仕方がない。これ以上考えていたってどうしようもないからな。


「ケーシュ、ロフレ、一度風見かざみたちと話してから、俺は磯野を追って迷宮ダンジョンに行く。何かあった時は頼んだぞ」


「了解であります」


風見かざみさんと相談しながら決めますので、ご安心ください」


「じゃあ頼んだ」


 いうだけ言って、急いで風見かざみの私室へと飛ぶ。

 相変わらず彼女はあまり迷宮ダンジョンには戻らない。普段やっている事は、スキルの鍛錬とこの世界の研究、それに地上にいる召喚者のトラブル処理だ。

 他が退屈で暴走してしまいがちなこんな仕事をやっているのは、逆に彼女がこっちの方が得意だからだよ。人それぞれ、向き不向きがあるって事だな。


 そんな訳で彼女の部屋に飛ぶと、丁度着替えている最中だった。

 下着は濃紺レースの下一枚だけ。後ろ向きで、両手に持った俺には見分けがつかないローブをどちらにするか決めかねている様だ。どっちでもいいだろう。

 いやそうじゃなくて――、


「あっと、着替え中だったか。悪かった」


「あれから何度も全裸を見られているんだし、別に構わないわよ」


 はい、あれから随分と致しました。

 意外な事に、風見かざみも同じタイプだった。ただ同性でも良いようで、今までは児玉こだまとしていたようだ。

 ある意味これはギブアンドテイクの関係だったわけだ。どうりであっさりと肉体関係になったわけだな。


 というか、実は俺や風見かざみのような形で精神の安定を計る召喚者はかなり多い。というか他の手段もあるが、やはり肌を合わせるのが一番効果が高いと言った方が良いか。

 ある意味、奈々ななの行動も正しいと言えなくもないわけか。悔しくて血涙が出そうだけどな。

 まあ半裸の他の女性を前にして、どうこう言う資格もないか。


「さっき千鳥ちどりのチームらがオブビロに着いたって連絡が来た。時間が惜しいから、俺は磯野いそのたちのチームを探しに行く。他のメンバーが戻ったら、一応自由行動だけど必ず連絡が取れる地点までとするように伝えてくれ」


「うん、分かった。まあクロノス様なら問題無いでしょ。頑張ってね」


「OK。じゃあ行ってくる」


 ちなみにオブビロってのはここから2週間ほどの距離にあるセーフゾーンの町だ。

 まあ何日とかは迷宮ダンジョンの形状でかなり変わるが、近場の大きな地下町としては有名だ。

 施設も十分に整っており、ここを拠点として地上に戻らず再出発する召喚者もいる位だからな。

 何も連絡していなかったら、千鳥ちどりたちも戦利品を運搬人ポーターに任せてまた出発してしまった可能性がある。


 それとそろそろ、“様”は外してくれても良いと思うんだけどな。

 ミーネルやケーシュにロフレなんかもそう呼んでいたからみんなそう呼んでいるんだろうけど、前のクロノスは普通にクロノスって呼ばれていたしな。

 俺もそっちの方が居心地がいいが……まあこの件はいずれにしよう。

 今はもっと緊急事態だ。





 そんな事を考えながらも、俺は既に迷宮ダンジョン内に飛んでいた。

 しかしアレだな。幾ら強くなったとはいえ、こういった不測の事態は怖い。なにせ何があるのか分からない。幾ら召喚者が強いとはいえ、自然の脅威の前ではちっぽけなものだ。俺も決して例外ではない。


 ……誰か一緒に行動してくれるパートナーが欲しいな。


 そんな事も考えてしまうが、弱気は禁物だ。

 大体、これ以上の女性と関係を持つのは幾らなんでもな—。

 特に組織のトップが女性に片っ端から手を出しているとかはヤバい。

 間違いなく崩壊である。

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